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 …私が、今、やるべきことは……。


   
<巌窟姫 4>




 ファントムは厳しい先生でした。それでもルルゥはそのレッスンにしっかりついていきましたし、毎夜毎夜、ファントムに会えるのを楽しみにしていました。そうやって、数ヶ月がすぎたある日……。

 ちりん、と嫌な鈴の音がして、モップで床を拭いていたルルゥは顔をあげました。その先には、数ヶ月前にルルゥから食べ物を奪っていった憎たらしいデブ猫が、ルルゥを(見上げているのに)見下すような視線を向けてきていました。
「あんた…、また来て…、ああああ~!?」
 ルルゥは叫びました。ルルゥがせっかく掃除した床に、デブ猫が汚い足跡をあちこちにつけていたのです。
「出てけーーーーーー!!」

 ルルゥは怒鳴りましたが、デブ猫は出て行く気配が全くありません。それどころから口の中から、林檎の種らしきもの何粒もぺぺぺ、と吐き出しました。そのふてぶてしい態度にルルゥは、
「こんのデブ猫―――――!!」
 デブ猫を捕まえようと追いかけました。
 猫は体の大きさに似合わず軽やかに身を翻して、逃げていきます。

「待てーーーー!出てけって言った時は動かなかったくせにーーー!」
 猫はリビングを横切って、玄関の方へと駆けていきます。
 玄関のドアは、デブ猫がなんとか通れる程度に開いていました。
 ルルゥは、あ!と声をあげて、立ち止まりました。玄関の外ではたしか、継母とその友人が、立ち話をしているはずだったのです。

(あたいがでていくとまずいしな…)
 ルルゥは、勝ち誇ったように尻尾を振ってでていく逃亡者に、
「二度と来るな」
 歯噛みしながら、精一杯の捨て台詞を吐きました。足跡だらけになった床をまた掃除しなければいけないので、ため息をつきながら、ルルゥは周りを見回します。

「また掃除だよ…」
 モップを取りに戻ろうとした時、
『ええ!そんな…!』
 ドアの外から悲鳴じみた声が聞こえてきました。
「なんだろう…?」
 ルルゥは、ドアに近づくと、耳をすませます。女性数人の噂話が聞こえます。
『陛下の具合はそんなに悪いの?』
『そう、だいぶ前からお加減はよくなかったようなのだけれど…最近、また急に悪くなってしまったらしくて。この話、秘密にしておいてね』
『まだお若いのに…。世継ぎもまだいらっしゃらないのでしょう…?』
『その前にお后様がいらっしゃらないから…』
『そういえば、陛下と宰相の間で、そのことで口論があったという話を聞いたわ…』
『もし…、もし陛下に万が一のことがあったら、次の王位はどうなるの?』
『そのあたりのことは、よくわからないけれど…』

 王様、病気なんだ…。と思いながら話を聞いていると、足のあたりに生暖かい嫌な重みを感じて、ルルゥは下を見ました。デブ猫が足の上に乗っていました。
(しっ!しっ!あんたはどっかいって!)
 もっと話を聞こうとしていたのですが、猫が気になってルルゥの耳には話し声が入ってきませんでした。デブ猫は大あくびをしました。
(邪魔ーーーーー!)
 小声で言うのですが、デブ猫に聞く気はありません。
(~~~~~っ!!)
 ルルゥが猫のことを我慢することにして、話を聞こうとすると、
『陛下には、恋人がいらっしゃるのよ。そういう噂が流れているの。どんな縁談も断っていらっしゃるということだから』
『まぁ、禁断の愛?』
 くすくすと忍び笑いが聞こえてきました。
『きっと平凡な姫様方に飽きられているよ。陛下はお目が高いと聞いているから』
『あら、では私にもチャンスがあるかしら?』
 ルルゥが聞き入っていると、
「…いっ!?」
 猫に脛の辺りを引っ掻かれました。
(何するんだよ!?)
 小声で言うと、猫は足跡を床にべたべたとつけながら、廊下を歩き始めました。

『あ!掃除しないとばばぁにまた怒られる!』
 ルルゥは急いでモップを取りにいき、猫がつけた足跡の掃除を始めます。すると、猫がありえない跳躍力でルルゥの頭に跳んできました。
「!?」
 ルルゥは驚いて避けることができませんでした。猫は歯で何本かルルゥの髪を抜くと、そのまま走り去っていきました。



 夜。練習を終えて、いつもの場所でファントムとルルゥは話をしていました。
「そうかそんなことが…」
「あの猫、本当に酷いんだから!」
 ルルゥはかんかんに怒っていました。
「私もそういう猫を知っている…。飼い主に似て、ふてぶてしいことこの上ない猫なんだ。おまけにどうも私のことを嫌っているらしい…。一度腕を引っ掻かれたことがある」
「お互い、猫で苦労するね…」
「そうだな…一度窓から放り出してやり…。いや、レディの前ではこれ以上は言うまい」
 そう言いながらも、ファントムの口元には笑みが浮かんでいました。
「でもその気持ちはわかるよ…。今度あの嫌な鈴の音が聞こえてきたらどうしよう…」
 ルルゥがうんざりと言うと、
「鈴?」
 ファントムは身を乗り出して訊きました。
「うん。前足に鈴つけてるんだ。その猫」
「…あいつめ!!」
 ファントムが急に立ち上がってどこかを見ながら怒鳴ったので、ルルゥは驚いて目を丸くしました。
「すまないレディ…驚かせたようだ…」
「……どしたの?」
「おそらく私の言っている猫と、レディが言っている猫は同じ猫だ…。毛並みだけはやたらによくて黒光りしていて、人を見下したような巨大モンスターだろう?そして尻尾が長くてふさふさしている…鈴はたしか左の前足についている」

 ルルゥが頷くと、ファントムは拳を握りながら怒りました。
「飼い主<あいつ>にはあの危険な魔物を、たとえ何があっても部屋からだすなとあれほど言っておいたのに…!」
「じゃあ、もし見つけたら捕まえておいた方がいいのかな」
「いや…。あの猫は危険極まりない。飼い主以外の者の言うことは絶対に聞かないからな…。会ったら運が悪かったと思って諦めるしかない…。しかし、この辺りをあのモンスターが徘徊していると思うと恐ろしい」
「…早く飼い主のところに戻ってくれればいいのに」
「今はそれを祈るしかない…。あいつは何をやっているんだ!?」
 ファントムは大きく息を吸って、吐いてから、もう一度椅子に座りました。

「すまない。レディの前で取り乱してしまった…」
 ファントムはもう一度深呼吸しました。
「えーーと、今日はパーティーの日について話すことがあるって言ってたよね?」
 ファントムが落ち着くのを待ってから、ルルゥは切り出しました。
「そうだ…ドレスのこと、と言った方が正しいかな?」
「どういうデザインにする、とか?」
「それもあるが…、レディ、そこに立ってもらえないか」
「ここ?」
 ルルゥはファントムが指差した場所に立ちました。
 ファントムもすぐ側に立つと、

「レディ、失礼する」
 ルルゥの頭に手をやってから、その高さを保ったまま、自分の体の前に移動させました。丁度、みぞおちより下のあたりでした。
「率直に言うが、レディは背が小さい」
「う…そうだね」
 ルルゥは呻きながらも、ファントムが言ったことは事実だったので、頷きました。
「年齢的なことを考えても、若すぎる…そこで」
 ファントムは輝く青い薔薇を取り出しました。
「ここで魔法の力を借りる」
 ルルゥがそれを受け取ると、一瞬、視界が真っ白になりました。
 気がつくと、薔薇を持った手をが、ファントムの手に包み込まれていて、
「大丈夫か?」
 心配そうに訊く声が聞こえました。
「うん、だ…」
 ルルゥは驚いて言葉を止めました。自分の声がいつもと違っていたのです。ファントムはいつの間にか鏡を持っていて、それをルルゥに見せました。
「ええーーーーーーー!?」
 そこには十代後半ぐらいの女性がいました。
 身長もファントムの肩あたりまで伸びていて、いつもと違う世界の見え方に、ルルゥは驚いていました。
「ドレスや髪型はまた後日話し合うとして…。パーティーに入るならそれで十分だ」
「………」
 ルルゥは鏡に見入っていました。
「すごい…。こんなことできるんだ…」
 ルルゥが感動していると、
「しかし、この魔法には時間的に限界がある。今日は、二、三分で元に戻るようになっている…。ダンスパーティーなら、開始時間と準備を考えて…時計塔の鐘がなるぐらいの時間で限界だろう」
「時間に気をつけなきゃいけないんだね…わかった」
 そういった瞬間、ルルゥは元の姿に戻ってしまいました。
「ああ~。戻っちゃった」
 残念そうにルルゥが言うと、
「姿が違っても、レディはレディだ…そして、よく覚えておいてほしい」
「『私が当日手助けできるのは、外面的なことだけだ。仕草やダンス、そして内面から滲む雰囲気などを手助けできる人間はどこにもいない。レディを助けることができるのは、レディの日頃の努力だけだ』…だよね?覚えてるよ!」
「…素晴らしい。一字一句違わないな」

 ファントムが感心したように言って、椅子に座ったので、ルルゥも座りました。ファントムは、ルルゥのカップにハーブティーを入れました。

「あ、この香り初めて」
「カモミールティーだ。よく眠れるというからな。王族でも使っているものは多い」
「そういえば、今日、うちのばば…、継母が話してたんだけど」
 ルルゥは途中で訂正しました。ファントムに「さすがに『ばばぁ』という言葉を普段から使うのはまずい」と言われていたのです。ファントムは前半だけ聞こえない振りをしていました。
「王様の具合があんまりよくないらしいね」
「相当悪いらしい」
 ファントムが深刻そうに言うので、
「そんなに…?」
 ルルゥは恐る恐る訊きました。
「どんな病でも、本人が生に希望を持っていなければ、治らない。…そういうことだ」
「あ、ばば…継母達が、叶わぬ恋をしてるんじゃないか、って言ってたよ」
「噂はあくまで噂だ…そんなことより」
 ファントムはカップをことり、と置いて、
「王ともあろうものが、自分の立場を忘れて生きることを放棄するのは許されないことだ…彼には世継ぎいないし、今もしもの事があれば。混乱が起こる」
「うーーん…でも…」
 ルルゥが考え込みながら、
「生きていたくない、なんて、どうして思ったんだろうね。王様……」
「それは……」
 ファントムは何か言おうとして、口を閉じてから、
「……彼のみぞ知ることだ。レディ」
 厳かに言いました。
「そうだね。…でも、人が死ぬのは嫌だよ」
「…それは私も同じだ」
「…だって、死んじゃったら、『ありがとう』って言えないんだもん…あたい、もっとママに、『ありがとう』って言いたかった。だから…王様、元気になるといいね…」
「………」
 ファントムは静かにハーブティーを飲みながら、しばらく何も言いませんでした。




巌窟姫 5
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