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<十月の果てへ踊れ 3>

 


 ソロモンは、手紙に書かれていた場所へとやってきていた。
 そこは、東には月が浮かび、西には暗雲が垂れこめる、廃墟と化した教会だった。入口の扉には、趣味の悪いかぼちゃのランタンがいくつかつりさげられている。
 「Happy Halloween」と書かれたあの手紙に綴られた文字。間違いない。あの手紙の文字は確かに、グレゴリーの筆跡だった。
 グレゴリーは1918年に死んでいる。
 そんなことはわかっていたが、ソロモンにグレゴリーの名で手紙を出す必要のある者など、本人以外にありえないし、そもそも、ソロモンとグレゴリーが知り合いであることを知る者の数は極めて少ない。
 何が待ちかえていても構わなかった。こんな趣味の悪い手紙をよこすのが誰なのか、ソロモンは知りたかった。
 だから、ソロモンは手紙に書かれたこの場所へと、のこのことやってきたのだ。
 ソロモンは扉を開けた。
 礼拝堂の筈なのに、椅子は一つもない。ただステンドグラスから入る月明かりが、何もない空間を照らす。そして、祈る相手もいないのに、ステンドグラスの下で躓いている人影が一つ、あった。その人影は黒いローブを着て、フードを被っているのか、髪の色すらわからない。
 ソロモンは、右手を刃化させて、その人物に斬りかかった。
 その瞬間、その人物は地を蹴り、空中で回転しながら、ソロモンの頭上を通り過ぎる。
 ソロモンが横なぎの一撃を空振りに終わらせると、その人物はソロモンの背後に着地した。

「これは酷い。案内人でしかない私に、そのような蛮行を働くとは」

 ソロモンは、その人物の方を振り向く。
 その人物がフードをとると、ソロモンの予想した通りの人物の顔が現れた。

「あなたは、誰ですか」

 ソロモンは、それでも問う。姿を変えることの出来る者達を、ソロモンは多く見てきたからだ。訊いたからと言って相手が正直に答えるとは限らないが、それでも相手の反応を見ることは出来る。

「お前の見た通りの者だ」

 腰まである銀髪を靡かせながら、グレゴリー・エフィーモヴィチ・ラスプーチンの顔をした男が言った。

「……グレゴリーは死んでいます」
「『亡くなっています』の間違いだろう、ソロモン」

 ああこれは本物のグレゴリーだ、とソロモンの頭が直感的に反応した。

「僕が訊くべきなのは、『何故』ですか? それとも『どうやって』ですか?」

 ソロモンは辺りを警戒しながら、グレゴリーを睨みつけた。どうやって死んだ筈のグレゴリーが復活したのかはわからないが、グレゴリーのペースに呑まれてはいけない。グレゴリーの目的が、まさかソロモンと、過去の話を肴にハロウィンを楽しく祝おうというものあるわけはない。グレゴリーが嬉しそうにしている時に、いいことなど絶対に起こるわけがないのだ。

「私は、あくまで今宵の宴の案内人に過ぎない。むしろ、私に興味を持たれては困る。今日は何の日かな? ソロモン」
「ハロウィンです」
「そうハロウィンだ! 知っている筈。ハロウィンとはもともと、死者と、生者の境目が意味をなさなくなる日!」

 グレゴリーはその場にくるりと舞うように一回転し、手をいっぱいに広げた。

「さぁ、今宵この男をお恨みの皆々様! 姿をあらわすがいい!! そしてこの男の驚く姿をとくとご覧あれ!!」

 グレゴリーが手を挙げた瞬間、礼拝堂中に大量のジャックオーランランが浮かび、暗闇を照らす。それと同時に、ソロモンを囲うように四人の人物が姿を現していた。

 ジェイムズ・アイアンサイド。
 マルティン・ボルマン。
 名前は知らない、しかし見たことのあるシフが二人。

 その四人の顔を見渡してから、ソロモンは次に現れるであろう人物の顔を思い浮かべる。
 まさか。
 そう思った時、誰かが、ソロモンの真後ろに飛び降りたのが、わかった。
 ソロモンは、振りむくことができなかった。
 着地の仕方、立ち上がる音、気配。
 それだけで、誰が自分の後ろに立っているのか、わかる。彼の身体のことなら、自分はなんでもわかるのだ。その仕草から奏でられる音すらも。
 何故、こんな状況で、自分の心臓が動いているのか、呼吸ができるのか、自分で理解に苦しむ。今自分の後ろに立っているのは、また会えるなど、万が一にも考えたことのない相手だというのに。

「ソロモン・ゴールドスミス」

 絶対に聞き間違うわけなのない、かつての恋人の声が耳に響く。
 相手もソロモンに背を向けているのだということが、声の聞こえ方からわかる。

「今宵、お前を呼んだのは、私だ」
「それは光栄です。……頂いた招待状の名前には、そこの彼の名前があったものですから、貴方が僕を招いたとは思いませんでした」

 停止しきっている頭をなんとか回転させ、ソロモンは言葉を返す。

「……それは謝っておく。お前を呼ぶのかと思うと、ペンを握るのもままならなかった。代筆を頼んだんだが、まさか招待人の名前まで変えているとは思わなかった」

 どういう意味ですかと聞こうとしてやめる。“お前を呼ぶのかと思うと、ペンを握るのもままならなかった”と、淡々と言われると、どのようにも解釈できてしまう。良い解釈にも、悪い解釈にも。
 私の好きにしていいと言っていたではないか! とカールに抗議するグレゴリーを無視して、

「……お招き頂いた理由を聞いても?」

 ちらり、と肩越しに後ろを振り向いて、ソロモンは尋ねる。
 ソロモンが目にしたのは、予想通り、長い艶やかな黒髪、蝙蝠を思わせる仮面、黒いマントの人物の後ろ姿だった。
 
「…………」

 カールは答えない。
 一体どんな表情をしているのか、わかればいいのにと思うが、残念ながら全くわからない。
 沈黙が続いてから、少し、カールが俯いたような気がした。

「どうしたカール!! ホストが“お客様”をお待たせするとは! お前が始めないなら、我々で初めてしまうぞ!?」
「……それは、困る」

 叫ぶグレゴリーの言葉に、カールは頭を上げた。
 どうしてだろうか。ソロモンはカールが無理をしている気がした。
 カールは地を蹴り跳躍するとソロモンの頭上を越えて、ソロモンの足元に着地し、跪いた。

「ソロモン・ゴールドスミス。私は今宵の宴の主宰であるカール・フェイオン。我々の招きに応じて頂き感謝する。貴殿には、これからの宴をたっぷりと楽しんで頂きたい。まずは、紹介したい」

 芝居がかった声でカールが言い、跪いたまま指を鳴らすと、グレゴリーが一歩手前に出た。

「お前を厭う案内人」

 グレゴリーが言うと、カールが再び指を鳴らし、それを合図にグレゴリーが一歩下がり、シフの二人が一方前に出る。

『お前に返り討ちにされた者』

 シフの二人が言うと、カールの指が鳴る。
 シフの二人が下がり、マルティンが一歩前に出る。

「お前に死神の鎌を振るわれた者」

 カールの指が鳴る。
 マルティンが下がり、ジェイムズが一歩前に出た。

「お前が死の呼び水となった者」

 カールは指を鳴らしてから、ジェイムズが下がると、ゆっくりと立ち上がった。

「そして……」

 カールの表情は、長い髪に隠れて、また見えない。
 カールが、大きく息を吸い込んだのが聞こえた。

「お前に、地獄へ堕とされた者!!!!」

 カールが顔を一気に上げ、髪が宙を舞ってから定位置に戻っていく。

「我々は、お前と今宵を踊り狂うために、死者の世から舞い戻ってきたのだ!」

 カールが言うと、残る五人から拍手が巻き起こる。

「……ハロウィンの夜をたっぷりと楽しんでおくれ。まず前菜をしっかり味わって頂こう! 主食をお出ししてもよい頃合いになったら呼んでおくれ!!」

 カールが一気にそう言うと、ソロモンが何かを口にする前に、カールは姿を消した。
 その瞬間、ソロモンは地を蹴り、刃化させた腕をグレゴリーの首筋に突きつけていた。

「何ですか、アレは」
「……何故、私に訊く?」
「脚本はあなたが書いた。カールはそれを演じた。違いますか?」

 カールの喋り方は、どこかおかしかった。まるで言いたくないセリフを無理矢理言わされているような。ならば、黒幕がグレゴリーで、カールが付き合わされていると考えるのが妥当だ。
 
「確かに。それは認めよう。カールは『演じている』」

 その時、ソロモンは自分の見たものが信じられなかった。
 ソロモンの隙をついて、グレゴリーの刃化した腕が、ソロモンの首を切り落とした…筈だった。

「!?」

 ソロモンは自分の首元を押さえた。しかし、落とされた筈の首はしっかりついている。
 グレゴリーの刃は確かに、ソロモンの首を通った筈なのに、ソロモンの首を切り落とさずにすり抜けていったのだ。

「最初にも言ったわけだが。一応言い直しておいてやろう。私はただの案内人。残念ながら、私には参加者たる資格がない。そして、お前も私を黙らせることは出来ない。……しかし、彼らにはその資格がある。お前を殺す資格が」

 グレゴリーが指差した先を振り返ると、マルティン、ジェイムズ、シフの二人組が、ソロモンへとじりじりと近づいてきていた。

「SAYAの血がなくとも我々が死ぬことはある。カールの真意が知りたいのなら、どうすればいいかわかっているな? ……彼らは、本気でお前を殺しに来るぞ」



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