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<十月の果てへ踊れ 5>




 性格が良いとは、自分でも思えないなぁ、とソロモンはぼんやりと考えた。
 目の前には、横たわる四つの死体。本当なら色々と話をしなければいけない人達なのだろうが、自分はただ、カールの真意が知りたかった。話をしている時間など無駄な時間でしかない。

「束になってこの程度……。私が戦えたなら、このような体たらくは晒さなかったものを」
 
 グレゴリーが苛々と呟く。

「あなたがそこまでお強いと言う話を聞いたことはありませんが。SAYAと戦ったときはかなり無様な負け方をしたとか」

 グレゴリーはソロモンの言葉に牙をむきはしたものの、腕を組んだまま、その場から動かない。

「残酷にも程があるぞソロモン。全く動じずに斬殺するとは」
「彼らを殺さなければ、カールは出てこない。……そういうことでしたので」
「それでも残忍すぎると思わないか、なぁ、カール?」

 グレゴリーが言ったとき、後ろに気配を感じてソロモンは振り返る。
 ソロモンから少し離れた所にカールが立っていた。
 
 ああ、カール。

 叫びだしたい衝動にかられながら、ソロモンは努めて冷静を装う。

「貴方の望み通り、彼らを殺しました。……僕は、次は何をすればいいのですか?」
「望み? 私の? 勘違いするなソロモン。お前は自分で望んで殺したんだ」

 カールはゆっくりと手を上げると、その胸の上に置いた。

「……私の、ことも」
「……それが、この宴が開かれた理由ですか」

 ソロモンが尋ねると、カールは頷く。

「我々死者は、本来、生者を殺すことはできない。……死してもなお憎しみが消えない相手以外は。私は、お前を殺す為に今宵、戻ってきた。……この身を人ならざるものへ変え、弄び、そして裏切った貴様を許さない」

 ソロモンは、カールの言葉に強烈な違和感を覚えた。
 ソロモンの脳裏に、ソロモンの首をすり抜けたグレゴリーの刃が浮かぶ。
 グレゴリーの行動と、カールの言葉は明らかに矛盾していた。

「何か言ったらどうだ。ソロモン」

 何も答えないソロモンに苛立つように、カールが捲し立てる。
 それでもカールの言葉の違和感が拭えず、ソロモンが何も答えないでいると、

「……そうか。お前にとってはこの命、握りつぶしたことも忘れる程のものか!!」

 カールは腕を刃化させ、ソロモンに斬りかかってきた。
 ソロモンはカールの一撃を刃化させた腕で受け止める。
 
(貴方の命を握りつぶしたことを、忘れる?)

 そんなこと、あるものか、と毒づく。
 全部覚えている。
 ディーヴァに怯えながら、ソロモンの名を呼んだカールの声を。

 カールの腕の皮膚を、ソロモンの刃が破り、筋肉を切り裂き、骨を砕いた感触を。
 そして、1917年と同じ、か細い声でソロモンの名が口にされたことを。

 カールのことを、忘れた日など、なかった。出会ったときから、ずっと。
 カールが人であったときも、人でなくなってからも。
 
“カールは、僕とさえ出会わなければ、人として、光の道を行けたのに”という罪悪感を、ソロモンが抱かない日などなかった。

 そして、カールの命を終わらせたあとに、気付いた。

 “あれはカールの苦しみを終わらせるためだった”、とソロモンは自分に嘘をついた。
 本当は、自分が苦しみから逃れたかったからだ。愛していると愛しい人に口にすることもできず、遠巻きに罪悪感で押しつぶされる毎日から。

 シカシ、カールヲ失ッテ、ヤットワカッタ。
 タトエ、カールノ姿ヲ見ルタビニ胸ヲ抉ラレテイタトシテモ、自分ハ、カールノイナイ世界ヲ生キルコトナド、出来ナクナッテイタノダト。

 カールは一度後退してから、再びソロモンに向かってきた。
 ソロモンは腕を元の形に戻し、その場に跪く。
 ソロモンの行動に驚いたのか、カールはソロモンの前で立ち止まった。

「何を、している」
「貴方こそ、何をしているのですか? 早く僕の首を切り落とせばいい。僕が憎いのでしょう?」
「……何を企んでいる」
「いえ、何も」

 カールは動かない。どうしましたか? とソロモンが尋ねると、カールは後ずさった。

「お前は、一体……」
「カール。僕は、ずっと考えていました」

 ソロモンは、心から不思議に思う。
 何故、1917年に、そうでなければ、4年前に、自分はこうしていなかったのだと。

「貴方のいない世界を、生きている意味なんてなかった」

 出会った一瞬で、運命が変わるような恋をした。
 その瞬間に、自分が生きられる世界は、カールのいる世界だけに狭められていた。
 それに気づいたときには、カールはこの世界にいなかった。
 
「だから、この命を貴方が奪いたいというならそれで構わない。貴方を殺すか、自分が殺されるかしか選べないなら、僕は迷わず後者を選ぶ」

 もう、前者を選んだ世界がどんなものだったか、ソロモンは知っている。
 苦しみから逃れようとして、自分が得たのは、終わることのない拷問のような世界だった。どんなに後悔しようが、どんなに叫ぼうが、カールに会うことのできない、昨日までの時間にはもう、戻りたくない。

「貴方の望むとおりに、すればいい」
「……お前はそうやって、いつも、私が一番欲しいものを与えてくれない」

 カールの声は、震えていた。

「……カール?」
「言えっ!! 私のことなど、最初からゴミくずだと思っていたと!! 騙された私を愚かだと思っていたとっ!!」
「……すみません。貴方の望みでも、それだけは殺されても言えません」

 錯乱したように叫ぶカールに、ソロモンは悟ったような声音で返す。
 もう、自分の気持ちを偽ることになど、耐えられない。ずっとそうやって苦しんできたのだから。 

「お前はっ、」

 カールは倒れ込むようにしながら、ソロモンの黒いスーツの胸元を掴む。

「お前は、どれだけ私の心を荒らし回れば気が済むんだっ……!!」

 カールはそのまま、その場に崩れ落ちた。

「私がっ、お前を殺したいと言っているのが、聞こえないのかっ」

 掠れた声で、カールが必死に紡ぐ言葉には嗚咽が混じっていた。

「貴方は嘘をついている。……では、何故、グレゴリーは僕を殺せないのですか?」

 カールはびくりとしてから、顔を上げる。

「僕を憎み、恨んでいる者に、僕を殺す資格が与えられるならば、グレゴリーが僕を殺せないのはおかしいんです。おそらく、今日会った人たちの中で、僕のことを一番憎んでいる筈なのに。実は、グレゴリーは僕を憎んでいなかったとか? 違いますね。それはないでしょう。では、何故貴方は嘘をついたのか。……今から言うことは、僕に都合のいい解釈かもしれません」

 ソロモンは、しゃがみ、カールと目線を合わせる。

「貴方は、貴方が僕を恨んでいると思わせたかった。違いますか? つまり、貴方は……」

 もう、共に生きることが叶わないのなら、せめて、この命の幕引きは貴方の手で。
 ソロモンがそう願いながら先ほどカールの前で跪いたとき、ソロモンは、カールの願いがわかってしまったのだ。カールの想いは、きっと、ソロモンのものと同じなのだろうと。

 ソロモンは、カールの顎を手のひらの上に乗せる。

「貴方は、僕に殺されたかった。他の誰でもない僕の手で。だから、貴方は僕を憎む振りをした。……僕のことを、憎んだことなどなかったのに」

 最後の一言は賭けだった。カールが自分と同じ想いを持っているのかどうか、確定するにはまだ、あと1ピース足りない。

「ああ、そうさ。笑えばいいっ! 私はずっと、ずっと、お前に騙されたときのままだっ! お前に裏切られても、お前に殺されても、それでも出会ったときからずっと……っ!」

 それ以上の言葉は、いらなかった。
 ソロモンはぎゅう、とカールを抱きしめた。
 
「……貴方の言葉が嬉しいと言ったら、怒りますか?」
「お前は、本当に私を荒らし回って…っ…!!」
「荒らしついでに、厚かましいお願いをしてもよろしいですか?」

 ソロモンは、カールの耳元で、そっと囁く。

「……なんだ?」
「一緒に、逃げてしまいましょう?」
「!?」

 カールが弾かれたように身を引こうとするが、ソロモンはその肩を左手でしっかりと捕まえる。

「貴方にはお話したいことが沢山ある。それは、絶対にハロウィンの夜が終わる前に尽きることはない。……だから」

 ソロモンは、カールの前に右手を差し伸べた。

「全てを、やり直しましょう。その為に逃げるんです。……百年近く、言うのが遅れてすみません」

 それは、ずっと、言いたくて、けれど言えなかった短い言葉。

 カールはじっと、ソロモンの手を見つめる。
 ああ、早く、この手を取ってくれと焦れるソロモンを余所に、カールは自分自身と戦うように、何度も手を取ろうとしては首を横に振る。
 やがて、カールは動きを止め、意を決したように、ソロモンの瞳を見た。

「失敗すれば、お前も死ぬことになるぞ」
「さっき言ったでしょう? あなたのいない世界を、生きている意味なんてないんです」

 カールは、そうか、と言ってから、ソロモンの手を取った。

「お前は本当に、言うべきことを言うのが遅い」
「奥手なので」

 悪びれずに言ったソロモンが手を取ったまま立ちあがると、カールも立ちあがった。
 これで抱きしめてキスでも出来れば最高なのだが。
 ソロモンは、一番の懸念事項を見据える。グレゴリーは呆然と立ち尽くしていたが、ソロモンの視線に気づくと目をぎらつかせた。

「……面白い! 面白いぞ!! カール! 生と死の理さえねじ曲げるつもりか!!」
「ここまで付き合わせて悪かった、グレゴリー。……だが面白いものが見られたからいいだろう? 『退屈しのぎができればいい、あわよくばソロモンが死ぬならもっと良い』と言っていたしな」
「……そういう約束だったんですか。 僕が貴方の元に辿り着く前に殺されたどうするつもりだったんですか?」
「それは考えていなかった」

 カールの顔を見て、何故ここで無邪気な笑みを浮かべるんだとソロモンは思う。本当に考えていなかったのか、それとも、ソロモンなら必ずカールの元へたどり着くと言う信頼だったのか。

「……仕方のない人ですね」

 まぁ、どちらでもいい。今、自分は生きている。
 問題にしなければいけないのは、銀髪を逆立てて、怒っているのか歓んでいるのかよくわからないおぞましい顔をした悪魔だ。

「……見逃して、くれるわけはないですね」

 一応、訊いておく。

「……愚問だな。このような好機、二度とはない」

 グレゴリーの赤く光る瞳が、ソロモンとカールの二人の姿を舐めるように追う。

「ですが、貴方は僕を殺せないのでは?」
「そう。我々のような存在は、自分に死をもたらした者以外の生者に手を出すことは許されない。だから私はお前を殺せなかった。お前は私の死に関わっていなかったからな。……しかし、今のお前のように理を曲げようとする者は、話が違う」

 グレゴリーは片手を腹の前で横切らせ、頭を深々と下げてから、叫ぶ。

「大義名分をありがとう!! お前達に心の底から感謝する! ……死者と生者の理を曲げる者は断罪せねばなるまいっ!」

 グレゴリーは狂気の笑みを浮かべながら、両手を上げた。
 すると、グレゴリーを中心として、床に半径数メートルにわたる青白く光る円が描かれる。

「我らが主!! 偉大なる長兄殿!! そしてその他大勢の我らが眷族っ! 死者と生者の境目さえ曲げようという彼らを存分に嬲り殺してあげよう!!」

 歓喜の声に答えるように、地より、知った顔の人々が出てくる。

「これはこれは」
「殺る気に充ち溢れていますねぇ」

 どこからどう見ても、ソロモンとカールに対して好意的な表情を浮かべてはいないヒトビトの群れを眺めながら、二人は何処か楽しそうに口にする。

「十一月を迎えるまで逃げ切れば我々の勝ちだ。……とりあえず、一年間は」
「一年後のハロウィンに、またぞろぞろと出てくると?」
「多分そうだな。……怖気づいたか?」

 カールは挑戦的な瞳で言った。

「まさか。貴方にいい所を見せる機会が増えるのは、願ってもないことです」

 そうか、とカールがからからと笑った。
 ああ、こんな風に笑いあえる日が来るなんて、思わなかった。
 しかし残念ながら、こんな短い時間で満足する気はない。今まで傷つけ合ってしまった時間を帳消しに出来るぐらいに、カールとの時間がもっともっと欲しい。
 その為なら、何を血祭りにしても構わない。

「さあ……」
「では……」

 二人は、グレゴリーとその他大勢を前に、立つ。

『十月の果てへ』

 二人で、しっかりと手をつなぎ、同じ言葉を重ねる。
 同じ音を喉から同時に出している、それだけで満ち足りる。 そして、こんな手の握り方のしたのは、いつ以来だろう。触れたところから、身体の隅々まで歓びが駆け巡るような。
 きっとあれは、学生時代にデートに行った時だろうか? 二人でなら、どこままででも行けると、手をつないで道を歩いた、あの時の。

 二人の瞳が赤く染まり、その口元はにぃ、と歪む。
 その顔は、二人の周りを浮かぶ、かぼちゃのランタンに、そっくりだった。

『LET’S DANCE!!』

 二人が、揃って宙を舞った。




<終>
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