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白い壁が昼の光に照らされ、その眩しさに私は目を細めた。
何度も、何百回も見たその壁は私に力を与えてくれることもあるが、同時に過去の痛み――叶わなかった望み――を思い出させる。
……今は、後者。
思い出された痛みに、喉がひくりと震えて、私は襟元のあたりに手をやる。それでも、こうやって過去の痛みを思い出させるにしても、この場所は私に未来を見せてくれる。私がありたいと願う場所。未だ、実際に見たことは無いその場所。
この白い壁を見る度に、私は自分がその場所のある国に近づいているかどうかを考える。
……近づいている。確実に。
死に物狂いでここまで来た。私に諦めろと言える者は、誰一人としていない。
私はやるべきことをやる。成すべきことを成す。
誰にも邪魔はさせない。
地獄への組曲 2
ソロモン=ゴールドスミス。奴に出会ってから、何度も同じ夢を見るようになった。葉の禿げた真っ白な木と、漆黒に葉の茂った木が混在する森に囲まれて、美しく黒に染まった湖の中央で、奴に似た人間が。ただ上を見つめている。
夢の中では、「奴」だ、と確信しているのだが、目が覚めるとどうしても顔が思い出せない。
髪形も、髪の色も同じなのはわかるが、顔がどうもぼんやりしている。
しかし、夢を見ている時にその顔がはっきりしているのかと言われれば、それはわからないと答えざるをえない。夢の中でさえ、あの人間の顔はぼんやりとしていたのかもしれない。
あちこちに悲しげな空気の振動が響いているので、それがソロモンらしき人物の発しているものかどうかさえわからない。夢が覚めれば、すぐに声を忘れてしまうから。
それでも、あれはたしかに、黒い湖の中央で囚われて、どうやっても動けなくなってしまった者の、孤独の旋律なのだ。
最初は、ほとりで見ているだけだった。ただ、ぼんやりと、湖の中央にいる人間を眺めるのだ。その人物は、こちらを見ていたかもしれないし、見ていなかったかもしれない。
何度か同じ夢を見るうちに私は、悲しいその声を止めてやりたい、と思うようになった。湖の中央までいければ、声が止まることを、私は何故か確信していた。
しかしまだ、私にその勇気はなかった。
湖の中央にいる人物は普通に立っているのだから、そう湖が深くないことはわかっている。
だが、闇に染まった湖は底が見えず、私は恐ろしくてそこに足を踏み入れることができないでいた。踏み入れたが最後、底の無い地獄に引きずりこまれるような、予感。
どうして、悲しんでいるんだ?
そう訊いてもよかった。だが私は、そう問う自分の声が森中に響き渡ることにすら、恐怖していた。
何故怖いと思うのか、それがわからないからこそ怖い。私は何を感じ取っているのか、いつもそれがわからずに、どうしようもなくて、私は目を覚ますのだ。
たった独り、黒い湖の中央に、孤独な人物を置き去りにして。
…違うのかもしれない。彼は湖に囚われたのではないのかもしれない。
覗き込むことにすら恐怖以外の感情を持てない、あの湖こそが、彼自身なのかもしれない。
だから、私は、近づくことができずにいるのだ。
彼自身の中にいる、本当の彼に。
まだ、本当の彼と出会う準備が、私には出来ていないのだ。
そして、目を覚ます。西窓だから、朝になっても朝日がさしてこない。薄暗い部屋。
どんよりとした夢の中でも、深く眠ることはできているので、頭はすっきりしているのだが、どうしても気になってしまう。あの人物は、これからどうなるのだろう。私がいかなければ、ずっとあのままなのだろうか。
そして、一番の疑問。湖の人物はソロモンなのか?
そうだ。と私の中の誰かがその問いに答える。
……そうだとしたら、何故私はこんな夢を見るのだろうか。
ソロモンとは出会ってから、一ヶ月も経っていない。
いい奴だとは思うのが、奴のことを私はよく知っているわけではない。フランスからきた金持ち。南部街の屋敷に住んでいるというから、それは間違いない。
学内ではフランス系の学生や教員が珍しいわけではないが、あそこまで見事な金髪に碧眼というのは珍しい。よく話題にのぼる人物だ。
フランスでも有数の金持ちだとか、彼女の数が2桁にのぼるだとか、勝手にゴシップが増やされている。そのうち都市伝説の一部にでもなるかもしれない。
どうも私のことが珍しいタイプに見えるらしく、奴は何かにつけて私のことを聞いてくる。丁寧な口調と物腰には好感が持てるし、よくいつもああやって微笑を浮かべていられるものだと思う。
いや…、「いつも」ではない。ソロモンはたまに、疲労の色を顔に滲ませている時があった。
ただ、疲れているというだけでは言い表せない顔。覗いた者の身体を、冷たい何かで引き裂きそうな雰囲気。そんな表情を見せるのは本当に短い時間で、話しかければ、すぐにいつもの笑顔に戻ってしまう。
…やはり、私は奴のことがよくわかっていない。
何故、大して知りもしないのに、私あんな夢を見るのだろう。
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2006/08/29
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何度も、何百回も見たその壁は私に力を与えてくれることもあるが、同時に過去の痛み――叶わなかった望み――を思い出させる。
……今は、後者。
思い出された痛みに、喉がひくりと震えて、私は襟元のあたりに手をやる。それでも、こうやって過去の痛みを思い出させるにしても、この場所は私に未来を見せてくれる。私がありたいと願う場所。未だ、実際に見たことは無いその場所。
この白い壁を見る度に、私は自分がその場所のある国に近づいているかどうかを考える。
……近づいている。確実に。
死に物狂いでここまで来た。私に諦めろと言える者は、誰一人としていない。
私はやるべきことをやる。成すべきことを成す。
誰にも邪魔はさせない。
地獄への組曲 2
ソロモン=ゴールドスミス。奴に出会ってから、何度も同じ夢を見るようになった。葉の禿げた真っ白な木と、漆黒に葉の茂った木が混在する森に囲まれて、美しく黒に染まった湖の中央で、奴に似た人間が。ただ上を見つめている。
夢の中では、「奴」だ、と確信しているのだが、目が覚めるとどうしても顔が思い出せない。
髪形も、髪の色も同じなのはわかるが、顔がどうもぼんやりしている。
しかし、夢を見ている時にその顔がはっきりしているのかと言われれば、それはわからないと答えざるをえない。夢の中でさえ、あの人間の顔はぼんやりとしていたのかもしれない。
あちこちに悲しげな空気の振動が響いているので、それがソロモンらしき人物の発しているものかどうかさえわからない。夢が覚めれば、すぐに声を忘れてしまうから。
それでも、あれはたしかに、黒い湖の中央で囚われて、どうやっても動けなくなってしまった者の、孤独の旋律なのだ。
最初は、ほとりで見ているだけだった。ただ、ぼんやりと、湖の中央にいる人間を眺めるのだ。その人物は、こちらを見ていたかもしれないし、見ていなかったかもしれない。
何度か同じ夢を見るうちに私は、悲しいその声を止めてやりたい、と思うようになった。湖の中央までいければ、声が止まることを、私は何故か確信していた。
しかしまだ、私にその勇気はなかった。
湖の中央にいる人物は普通に立っているのだから、そう湖が深くないことはわかっている。
だが、闇に染まった湖は底が見えず、私は恐ろしくてそこに足を踏み入れることができないでいた。踏み入れたが最後、底の無い地獄に引きずりこまれるような、予感。
どうして、悲しんでいるんだ?
そう訊いてもよかった。だが私は、そう問う自分の声が森中に響き渡ることにすら、恐怖していた。
何故怖いと思うのか、それがわからないからこそ怖い。私は何を感じ取っているのか、いつもそれがわからずに、どうしようもなくて、私は目を覚ますのだ。
たった独り、黒い湖の中央に、孤独な人物を置き去りにして。
…違うのかもしれない。彼は湖に囚われたのではないのかもしれない。
覗き込むことにすら恐怖以外の感情を持てない、あの湖こそが、彼自身なのかもしれない。
だから、私は、近づくことができずにいるのだ。
彼自身の中にいる、本当の彼に。
まだ、本当の彼と出会う準備が、私には出来ていないのだ。
そして、目を覚ます。西窓だから、朝になっても朝日がさしてこない。薄暗い部屋。
どんよりとした夢の中でも、深く眠ることはできているので、頭はすっきりしているのだが、どうしても気になってしまう。あの人物は、これからどうなるのだろう。私がいかなければ、ずっとあのままなのだろうか。
そして、一番の疑問。湖の人物はソロモンなのか?
そうだ。と私の中の誰かがその問いに答える。
……そうだとしたら、何故私はこんな夢を見るのだろうか。
ソロモンとは出会ってから、一ヶ月も経っていない。
いい奴だとは思うのが、奴のことを私はよく知っているわけではない。フランスからきた金持ち。南部街の屋敷に住んでいるというから、それは間違いない。
学内ではフランス系の学生や教員が珍しいわけではないが、あそこまで見事な金髪に碧眼というのは珍しい。よく話題にのぼる人物だ。
フランスでも有数の金持ちだとか、彼女の数が2桁にのぼるだとか、勝手にゴシップが増やされている。そのうち都市伝説の一部にでもなるかもしれない。
どうも私のことが珍しいタイプに見えるらしく、奴は何かにつけて私のことを聞いてくる。丁寧な口調と物腰には好感が持てるし、よくいつもああやって微笑を浮かべていられるものだと思う。
いや…、「いつも」ではない。ソロモンはたまに、疲労の色を顔に滲ませている時があった。
ただ、疲れているというだけでは言い表せない顔。覗いた者の身体を、冷たい何かで引き裂きそうな雰囲気。そんな表情を見せるのは本当に短い時間で、話しかければ、すぐにいつもの笑顔に戻ってしまう。
…やはり、私は奴のことがよくわかっていない。
何故、大して知りもしないのに、私あんな夢を見るのだろう。
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2006/08/29