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地獄への組曲 4
嫌なら殴れと言われた。殴れなかった。
何故、殴れなかったのだろう。思わず唸る。
答えは明白なので、余計に苛々する。
自分でもおかしいと思う。会ってからそんなに経っていない、生まれも育ちも全く違う、しかも同性と。
緑色の瞳に見つめられながら、首に手を回されて、口付けられるまで、拒否する時間は十分にあった。それでも互いの体温を感じる程の距離に奴がいることを、不快とは思わず、むしろ心地良いとさえ思える自分がいた。口付けられた後も、それが嫌なら突き飛ばすことも出来た筈なのに、そうはしなかった。と言うより、待ちわびていたことがようやく成されたという気すらしていた。
いつの間に奴に惚れていたのだろうか。
しかしどうも最近、ソロモンは今まで見せていなかった本性を見せ始めている気がする。まさか、講堂でのアレに成功するまで本性をわざと隠していたんじゃないだろうな?
あそこまで執拗に人にふれたがるとタイプだとは思っていなかったし、ふてぶてしい奴だとも思っていなかった。
『人目があるところでは絶対にキスはしない』
と強制的に奴に誓わせたから、その誓いだけは破らないが、裏を返せば、人目がなくなれば……。これ以上は思い出したくない。
こちらとしても徹底抗戦をしなければならない。
身の安全も図らなければならないし、何より学内の私の面子もある。自分ではあまり人の目を気にしない方だと思っていたが、奴の場合、私のそれとはレベルが違う。これはお国柄の違いではないだろう。絶対に。…ひょっとしたら、少しは影響しているかもしれないが。
…それでも、出会った時よりも何倍も生き生きとし始めた奴を見るのは、今まで干からびた鉢植えの中で萎れていた花が、恵みの雨を受けたのを見るようで、好きだった。
…だからといって苛々が収まるわけではないが。
ソロモンがどうこうというよりは、奴ともっと傍にいたいと思っている自分に、苛々が募る。
「まだ、怒ってるんですか?カール」
色々と考えていると、反省の色など全く見せずに、隣に座っていたソロモンが訊いてくる。ご丁寧に耳元でだ。
私が教授に書類の入った封筒を渡して出てきた時、偶然(本当に偶然かどうかはわからない「偶然ですね」と言う奴の口調は妙に白々しかった) 奴に廊下で会ったあと、この男は何故か図書館にまでついてきたのだ。奴も忙しい身らしく、いつもは授業以外でそう長い時間共に過ごすことはないのだが、今日はどうやら暇らしい。
さっきから私が大声をだせないのをいいことに、こうして耳元に小声で話しかけたり(明らかに吐息の量がおかしい)、私が口にだして言えないようなことを耳に入れてきたりしているのだ。
「いい加減にしないと…」
「しないと?」
「二度と口を聞かない」
ソロモンは一瞬、困ったような顔をした。…少しは効いたか?
「それは困りますね」
困れ。困るがいい。
「…実行されたら、の話ですけど」
どういうことだ。
「実行できないとでも?」
「できないでしょう?…カールは、僕のことが好きなんですから」
「………」
ほんの少し前までは柔らかい微笑みに見えていたものが、今は悪魔の微笑みに見える。
確かに、奴の言う通りなのかもしれない。
だが言っている本人の前で認めたくはない。何もかも見透かしているような奴の言う通りになるのは、私のプライドが許さない。何故こんな奴を私は……。
私は奴から視線を引き剥がして、勉強に集中することにした。
「カールは本当に熱心ですね」
無視。
「これでも、尊敬してるんですよ。あなたのそういうところ」
「尊敬しているのに邪魔するのか。私の全知能を持ってしても理解しがたい行動だな」
「あなたの頭脳なら、多少邪魔されても平気でしょう?ちなみに褒めてますよ」
私はちら、とソロモンを見る。
「やっぱり、僕のこと、無視するなんてできませんよね」
私は踵を奴のつま先に落としてやった。
「………」
ソロモンは穏やかな表情を変えなかった。
何か冷やりとした感覚を覚えたが、私は奴を睨み返した。奴が視線を外すまで、睨み付けた。真剣勝負だ。
負けたら最後、どこまで負け続ける気がする。こいつには、絶対に負けたくない。
何を持ってして勝ち負けとするのかは、その時次第だが。
私は、ふん、と奴から視線を外して、勉強を再開した。
ソロモンは何か一言二言、言ってきたが、私は無言で自分のやるべき事をやる。
しばらくして、私の周りに本来あるべき静寂が戻ってきた。横を盗み見れば、ソロモンは頬杖をつきながら本を読んでいた。ようやく静かになってくれたか。
私は、ページを何度も、何度も、めくった。少し考えてから、紙面にペンを走らせる。そして、テキストを見る。何度も繰り返していると…、
「鉄壁、ですね」
私の耳元に妙な吐息を吹きかけながら、ソロモンは私に声をかけてきた。
「何が」
うんざりしながら、ペンを置く。
「あなたの集中力がですよ。さっきから話しかけてるのに、全く聞こえていなかったみたいですから。…本当、どうすればそこまで集中できるんですか?羨ましい限りですよ」
「それは…」
私は答えようとして、
「秘密」
やはりやめた。
「意地悪ですね」
「光栄だ。まだ、誰かさんの足元にも及ばないがな」
「誰のことですか?僕の知らない人ですか」
「言ってろ」
「ねぇ、カール。…ヒントぐらい、教えてくれても」
「ヒント?そうだな…目標があるから、だな」
「目標」
ソロモンはまるで「目標」という言葉が自分の頭の中にないかのように、何度も口の中で繰り返した。
「『目標』の詳細をお聞かせ願えれば、とても嬉しく思います」
何故か、可笑しいぐらいに馬鹿丁寧にソロモンは言った。
「知ったところで、大して面白くもないぞ」
「…そこをなんとか」
「何故、知りたい?」
「あなたを愛しているから」
「……今度試験の解答欄にそう書いておく。どうやら文脈を無視して答えにできるらしい」
私が痛烈に皮肉ると、
「本当ですよ、カール」
ソロモンは湿った声でいいながら、私の肩に手をまわした。
「恋人のこと、もっと知りたいと思うのは当然でしょう?」
『恋人』という言葉に寒気がする。状況を考えれば間違ってはいないのだ、改めて言われるとどうにも納得がいかない言葉だと思う。
「体のことも」
そう言って、背中のあたりを妙な手つきで撫でられて、
「やめろ」
私は短く言った。もっとふれてほしい、と一瞬でも考えた自分に猛烈に腹が立つ。
「人目はありませんよ」
そう言いながら、腰のあたりに手を回してくるソロモン。
確かに、今いる場所はいわゆる穴場で、あまり人がこない場所だった。
私はため息をついてから、
「ソロモン」
奴の名を呼んだ。
「はい?」
どうしようもなく苛々する。ストレスがこれ以上なく溜まる。だが……。
「調子にのるなよ」
奴が反応する前に、私は奴の首に手を回して、唇を奪ってやった。
抱きしめる手で奴を壊せるぐらいに、きつく抱きしめて。
認めたくない。とは思う。だが結局は、事実を認めざるを得ないのだ。
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2006/08/29
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