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   白い世界の片隅で



 ロシアのとある街。
 雪がしんしんと降り続け、外を歩く者もまばらな深夜、決して高級とは言えない宿の三階に灯りがともっていた。あまり明るくないランプが照らす薄暗い部屋で、ソロモンが紙面上でさらさらと万年筆を滑らせている。
 一応間違えないように集中してはいるのだが、頭の片隅では、隣の部屋で寝ているであろうカールのことが気になっていた。
 ここのところ、カールの機嫌が悪かったのはわかっていたのだが、1週間前にロシア入りしてからは異常に機嫌が悪くなり、口もほとんどきかなくなったことにソロモンは困っていたのだ。

―――何かしましたっけ?

 ずっとそう考えてはいるのだが、全く身に覚えがない。
 こちらは普通に接しているのに、相手の機嫌が雪ダルマ式に悪くなっていくので、対処のしようがない。どうしたものか、と思いながらも万年筆を滑らせていると、
「邪魔する」
 カールがドアを開けて入ってきた。
 頬がほんのりと赤くなっているが、目だけはやたらと据わっている。
「カール?」
 寝てたんじゃなかったんですか?と聞く前にカールはすたすたと歩いて、ソロモンのベッドの上に座って、毛布で自分を包んだ。
 ソロモンが不思議そうに見ていると、カールは、
「寒すぎる」
 と、まるでそれがソロモンの責任であるかのように言った。
「…フランスの冬だって寒かったでしょう?」
「比べられるか!何なんだこの寒さは!」
 ソロモンは少し考えてから、
「ひょっとして、ずっと機嫌が悪かったのは、『寒かったから』ですか?」
 一応訊いてみた。
「そうだ!お前は寒くもなんともないかもしれないが、僕はまだ人間なんだから少しは気を使え!だいたい何故部屋が別々なんだ!?一人でいると雰囲気からして余計寒い!!」
 早口で一気に言うカールをソロモンはしばらく、何かを考えるように見てから、
「ところでカール」
 ベッドに座って、ほんのり上気したカールの頬に触れた。
「…飲んだでしょう?」
 たしか、地下にバーがあったはずだ、とソロモンは思い出す。
「飲んでない」
「カール」
 ソロモンが咎めるように、そして目を反らせないように、顎をつかんでこちらを向かせると、
「…ブラッディ・マリーだけだ」
 カールはしぶしぶ白状した。
「他には?」
「…ブラッディ・シーザー…」
「…先に全部白状しておいた方が身のためですよ」
「…バラライカ、ブラック・ルシアン…。他にも飲んだが忘れた…あ、ホワイト・ルシアンも飲んだ…」
 いつもより低めの声で言ったソロモンに観念したのか、カールは諦めたように言った。
「…ウォッカメニューの制覇でもしようとしたんですか?」
「スクリュードライバーを頼もうとしたら周りの客にからかわれた。だから飲めるところを見せただけだ」
「だからバーには一人で行くなと言っているのに」
「仕方ないだろう。部屋に一人でいたくなかった」
「…最初に、僕の部屋に来ればよかったでしょう?」
「………」
 カールは恨めしげにソロモンを睨んだ。
「なんですか?」
 言いにくそうに、カールはソロモンから目を反らす。
「…寒い時にお前の側にいると……」
 言いながらだんだん顔が赤くなってくるカール。
「?」
「…お前に…ふれたくなる…」
―――人肌恋しいってことですか
 口には出さずに心の中だけでそう言って、ソロモンは毛布超しにカールを抱き締めた。これで、もう寒くないでしょう?と訊くと、小さく、ああ、と肯定の声が聞こえた。
「…もっと、そばには…来れないか…?」
 掠れた声で言うカールに、ソロモンは内心ぎくりとして、
「意味、わかって言ってます?」
 体を離して、カールの瞳を覗き込みながら言った。
「…僕の年を考えろ」
 カールは首を伸ばしてソロモンの唇の上に自分のそれをそっとふれさせた。カールからキスしてきたのは、これが初めてだ。
ソロモンは驚きながらも、続きを乞うように首の後ろに手をまわしてくるカールに、啄ばむように口づけを続けた。
 どちらもやめようとせず、長いキスが続く。
 ようやく、互いが名残惜しそうな顔をしながら離れると、
「……続き…は…?」
 カールは自分の頭をソロモンの胸のあたりに摺り寄せた。熱に浮かされたのような瞳で見上げられて、ソロモンは身体の奥で何かが疼いたような気がした。
「…酔ってるでしょう?」
 確認するように訊けば、カールは酔ってない、と小さく呟いた。
「……ソロモン……」
 ねだるような声が腰に響く。
「…カール」
 理性のすぐの隣で、『抱いてしまえ』と、本能が叫ぶ。
 ソロモンはカールの肩に手を置こうとして、ほんの数センチ離れたあたりで、ためらうように手を止める。そして、意を決したように、カールを自分の体から離した。

「…ソロモン…?」
 不思議そうに見上げてくるカールに、
「…シュヴァリエになったら、続きをしましょう?」
 ソロモンは、自分の気持ちを押しつぶして、言った。
「…そうだな」
 カールは残念そうに目を伏せてから、ソロモンの脚に頭を乗せて、静かに目を閉じた。





END





酒は魔物らしい。
キスシーンって難しいですね。精進します。


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2006/06/20
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