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その時が来るまで・後編

ソロカルSS。

しんみりと小夜について話してます。



その時が来るまで・後編

 

 眼下に広がるパリの街に、夜の帳が落ちていた。
 始まったばかりの夜を、人口の光が華やかに彩り、観光客ウケする夜景をつくりだしている。
 エッフェル塔を遥か下に望む、サンクフレシェファルマシー、CEOルーム。あるのなかないのかすらも判らないほど、磨き上げられたガラス壁に、ソロモンは、憂鬱そうな顔を映していた。
 いつもの白のジャケットは脱ぎ、留めるのが面倒になったのか、シャツのボタンの上三つを外してネクタイもつけていない。ソロモンが机に置いたグラスを軽く傾ければ、氷がすれる音がした。そうやって、時間を持て余すように、グラスを傾ける手以外、ソロモンは全く体を動かさずに、窓に映る自分に視線を向けていた。

「………」

 うっすらと瞳を開けて、ソファーで横になりながら、ソロモンのその様子をカールが静かに見ていた。体の上にソロモンの白いジャケットがかけてあって、いつも髪を結っている赤いゴムが、床に落ちていた。
「不吉な顔だな」
 嘲るようなカールの声に、ソロモンは、ああ、起きてたんですか、と言って、回転椅子ごとカールに向き直った。
「今の顔を一般社員に見せたら…、『倒産するのか』と思われるぞ…CEO」
 カールが体を起き上がらせると、ソロモンのジャケットが肩からずり落ちて、全開になったアオザイの襟元から、首筋に浮かんだ赤い痕がいくつかのぞく。
「倒産しませんよ、少なくとも今は。…そんなに悲惨な顔、してました?」
 ソロモンは、グラスに残った液体を全て飲み干して、カールの元に歩み寄る。
「今にもその窓を割って飛び降りかねない顔だった」
「それは重症ですね…でも」
 ソロモンは、ジャケットを拾って、カールの横に座って、
「本当に末期症状になったら、ここにはいません。…小夜の目の前で、誰かを殺してきますよ」
 数分後にはこの世にいません。とソロモンは付け足した。
「…小夜か」
 カールはアオザイの襟元を留めながら、
「『動物園』での話は聞いた。…なんのつもりかは知らないが」
 曖昧に微笑むソロモンを睨みつけて、
「小夜は私のものだ」
 きっぱりと言った。
「…カール」
 ソロモンはジャケットをカールの頭にかぶせた。
 怪訝そうに眉根を寄せるカールに、ソロモンは悲しげに微笑む。
「あなたに…、どうしても聞きたいことがあるんです」
「…なんだ?」
 カールが訊くと、ソロモンは目を反らした。
 自分から言っておいてなんなんだ、とでも言いたげに、カールは不機嫌そうに次の言葉を待つ。
「……小夜のことで……」
「小夜?」
 不機嫌に更に拍車がかかった様子で、カールは足を床に降ろした。
 ソロモンは一度、深くため息をついてから、ゆっくりと、カールへ視線を向けて、
「小夜と僕達は…」
 北爆時のあの事件後のカールを思いだして、ソロモンは罪悪感を覚えながらも、
「一緒に生きていくことは、本当にできないのでしょうか」
 静かに言った。
 キーーン、という耳障りな音がソロモンに届いた。
 カールの瞳が、一気に赤く染る。
「…貴様…」
 地から這い出るような声で、カールはソロモンを睨み付けた。
 右腕がぴくぴくと震えている。
「それを私に訊くとは…ど…!」
 どういうつもりだ。とカールが言い切る前に、ソロモンはカールに被せたジャケットを、顔ごとぐいっ、と自分に引き寄せた。
 そのまま、自分の唇を、カールのそれに重ねる。
 相手の口内に舌を侵入させて、離れようとしたカールを捕まえるようにしながら、拒もうと逃げるカールの舌を、執拗に追う。絡ませた頃には、カールもそれに応えていた。
 しばらく口付けを続けてから、顔を離すと、
「…誤魔化すな」
 口調だけは厳しいが、カールは先程よりは幾分目元を緩ませた。
 瞳の色もいつもの色に戻っていた。

「そんなつもりは毛頭ありませんよ…。ただ」
 もう一度、触れるだけのキス。
「怒らせるつもりがないことだけは、理解していただきたくて」
「…で?」
 頭の上のジャケットを取って、ソロモンに押し付けながら、カールは次を促すように言った。
「あなたの…シュヴァリエとしての意見を聞きたくて。…小夜に関して」
「ディーヴァが小夜の存在を望んでいない。…それが全てだ」
 淀みなく言ったカールに、
「そうですよね」
 ソロモンは一瞬だけ目を伏せた。
「もう一つ、いいですか」
「…やめろと言っても勝手に話す気だろう?」
 ソロモンは、ふっ…と自嘲気味に笑ってから、
「兄さんの…ことなんです…」
 その先を告げることが戸惑われるかのように、目を伏せる。
「…アンシェルがどうした?」
 ソロモンはカールを抱き寄せて、カールの耳元で囁く。
「兄さんが何を考えているのか…わから…なくて」
 今までこんなことなかったのに、と珍しくソロモンは声を震わせて、相手の体をきつく抱きしめる。カールは軽く、ソロモンの髪を撫でた。
 シフのこと、小夜のこと、ディーヴァのこと。
 カールがいなかった間に起こったこと、懸念になっていたことなどを、ソロモンは一気に話してしまう。
 話を聞いていたカールは、
「わかった。覚えておく」
 短く言った。
「…それだけですか?」
「…仮に、アンシェルがよからぬコトを考えていたとして…。こちらが探りを入れてボロをだすタイプとは思えない」
「…なるほど」
 冷静に聞けばいきなり敵前逃亡しているようなものなのだが、ソロモンは妙に納得した。
「私はディーヴァに従うだけだ」
「…それは」
 ソロモンは名残惜しそうにカールから体を離してから、意地悪そうに口元を吊り上げた。
「シュヴァリエとしての望みですか、あなた個人の望みですか」
 その問いに、カールはすぅ、と目を細めて、
「両方だ」
 迷いなく答えた。

 ソロモンは、ふふ、と笑って、
「…話せただけで、すっきりしました。少しは」
 立ち上がって、言った。
「少しか?」
「何も解決はしてませんから」
 これっぽちも。と言いながら、三本の爪痕が見事に残った椅子に座る。
「…お前は、どうしたいんだ」
「え?」
 唐突に聞いたカールに、ソロモンは聞き返す。
「小夜のことだ」
「…僕は、彼女と共に歩める道を探そうと思います」
「……そうか」
 あっさりと言ったカールを、ソロモンは意外そうに見つめる。
「何も、言わないんですか」
「………」
「…カール?」
「私とお前の願いは、絶対に両立しない…」
「…そうですね」
「…私は、譲る気は、全くない」
「僕も、ありません」
「…だろうな。お互い、障害物だな…どちらかが願いを捨てない限りは」
 ソロモンは何も言わなかった。事実だけに、言えなかった。
「どちらかの願いしか叶わないことがわかった以上…、いつまでも一緒にいられるとは思わない」
「…そうなると決まったわけでは」
「早いか、遅いかだけだ」
 ソロモンは、そうかもしれません。と小さく呟いて、窓の外を見つめた。
「私もお前も、絶対に譲らないからな…。それは私が一番よくわかっている」
「寂しがり屋のくせに、強がらないでください」
 カールの顔を見られないまま、ソロモンは真顔で言った。
「…その台詞、そっくりお前に返す」
 カールは立ち上がると、
「ディーヴァのところへ行く」
 淡々と言った。
「もう行かれるんですか?」
「ああ…。まだ、「またあとで」とは言えるんだろう?」
 カールはソロモンに背を向けたまま、ドアへと向かった。
「…おそらくは」
「では…『またあとで』」
「……カール」
呼ばれて、カールはドアノブに手をやったまま、ドアを開けなかった。
「もし…もし、僕が小夜を守るために、あなたの前に立ちはだかったら…、あなたはどうしますか?」
『さあな』
 カールはソロモンの頭に短くそう言うと、部屋からでていった。

 ソロモンは一人、「またあとで」と言えなくなる日がいつか来るのだろうか、と考えながら、夜の街を見下ろした。



END



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2006/06/08
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