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「優しい時間」
ソロカルSS。シュヴァリエになる時のカールです。
雰囲気は…微甘です。
「緑のざわめき」を読んでからの方がわかりやすいかもしれません。

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ただ、お前と共に、在りたい。
そのために。



優しい時間




 どこからか聞こえる、小鳥と風に揺られる緑の歌以外は聞こえない静かな部屋。ほんの少し開いた窓から入る穏やかな風が、レースのカーテンを優しく揺らしていた。窓の向こうでは透き通った青い空が広がっている。

 カールは大きなベッドで眠っていた。
 着ているのはアオザイではなく、体に負担をかけないようにと着せられた白い麻のシャツ。
 その横ではソロモンがベッドの脇の椅子に座って、カールの手を握っていた。数日前まで、熱をだして苦しげに息を吐いていたことが嘘のように、規則正しい呼吸に静かに上下する体を、ソロモンは安堵の表情で見つめる。
 この二週間は、ソロモンにとって戦いだった。
 『仕事』の関係で、ディーヴァからカールへの血分けに立ち会えなかったため、ディーヴァの血を体に受け入れて苦しんでいるあろうカールのことが気になり、当日は仕事どころではなかったのだが、一刻も早くカールの元に戻るために、全力で仕事を終わらせて帰路についたのだ。
 ようやく帰ってきた時、カールが生きていただけで、思わず安心してしまったのだが、意識を取り戻すまでは予断を許さない状態であることをすぐに思い出して、それ以来ずっとこうして傍にいる。
 最初の四日間は容態が全く安定せず、苦痛に呻くカールに心を痛めながら、体を拭いて、着替えさせての繰り返しだった。
 そうやって日が経つにつれて、少しずつ症状が軽くなり、今に至る。
 ここまで来れば、あとは目覚めを待つだけだった。

*    *    *    

二週間前。

 叩きつける雨と強風に、窓がガタガタと揺れていた。
 前日までは外を半袖で歩けるほどだったのだが、この日は吐く息が白くなるまで気温が下がっていた。
「僕も立ち会えれば良かったんですけど…仕事が終わったらすぐ戻ってきますね」
 鏡の前で身支度を整えながら、すまなそうにソロモンは言った。
「お前がいても何もできないだろう…自分の仕事をしっかりやることだな」
 アオザイの裾を翻しながら、ソロモンの後ろを通り過ぎて、毒をたっぷりと含ませたような声音でカールは言った。ソロモンは軽く苦笑して反応を返してから、
「…本当に、いいんですねカール」
 微笑を顔から完全に消して、訊いた。
 カールは壁によりかかって、苛々と答える。
「何度も訊くな。……その為に私を育てたくせに」
 傷ついたような、複雑な表情で素早く振り返ったソロモンに、カールは小さく、そういう意味じゃない、とバツが悪そうに言った。
「もし、ディーヴァの血にあなたの体が耐えられなければ…、」
「『死ぬ』。だろう?…何度も聞いた」
 カールは髪留めをとって、
「どう思うソロモン…私が死ぬと思うか?」
 楽しそうに、にやりと笑った。
「…まるで、自分のことじゃないみたいですね」
 昔から変わりませんねそういうところ、と、ソロモンは目を細めて言った。
「死ぬなんて微塵も思ってないからさ」
 くくっ、と喉の奥で笑って、
「本人より心配してどうする」
 半ば嘲笑するように、カールは言った。
「…カールみたいに喜んで興奮してる方がおかしいんですよ」
 そうか?と言ってカールは、髪留めを付け直した。
「嬉しいに決まってる!…これで念願の…我が愛しのディーヴァのシュヴァリエになれるのだからな!」
 芝居がかった口調で両腕を天井に伸ばし、建物全体に響き渡るような声で言ってから、
「…やっと…やっと、お前と同じ時間を生きられる…」
 小さく、そう付け足した。
「え?」
 訊き返したソロモンに、
「いや、なんでもない」
 カールは短く言って時計を見て、
「そろそろだな」
 特に感情もこめずに言った。
「次に会う時には…兄弟だな」
「ええ」
 カールはわざとらしく身震いして、
「…寒気がする」
 と、自分の肩を本当に寒そうに抱いて、これからは毛皮がないと生きていけないな!と、嫌みったらしい声を出した。
「嫌ですよ僕も。こんな生意気な弟」
「こっちからも願い下げだ」
 ソロモンはこの日初めて心から表情を崩して、
「…あなたなら、絶対に大丈夫っていう気がしてきました」
 穏やかに微笑んだ。
「気づくのが遅すぎる…私はずっとそう言っていただろう?」
 両手を自分の腰にやって、カールは憮然とした顔を見せた。
「カール」
 ソロモンがカールを抱きしめようと手を伸ばすと、
「お預けだ」
 カールは毅然として言った。
「…なんでまた」
「…最後の別れみたいだろう?」
「…カール…」
 カールはそっぽを向いて、
「私が目覚めた時には…、お前の好きにしていい」
 できるだけ淡々と言うように努力しながら、言った。
 ソロモンは不思議そうに瞬きをして、
「今の言葉…どういう意味で賜ればいいんでしょうか」
 カールの真意をさぐるように、慎重に訊いた。
「…お前の好きな意味でとればいい…」
 ぼそぼそと言うカールの声を聞いて、今、カールの顔は真っ赤なんじゃないだろうか、とソロモンは心の中で笑いながら、
「では、また…すぐに会いましょう」
 いつもと同じ気軽さで、そう言った。
「またな」
 カールはソロモンに背を向けたまま、短く答えた。

*    *    *

「…最悪な目覚めだ…」
 少し日が傾き始めた、おやつに丁度いいぐらいの時間。生暖かい陽光に照らされながら、カールは目を覚ましてソロモンの顔を見るなり、低い声で言った。
「…第一声がそれですか?」
 ソロモンは苦笑いしてから、
「…ご気分は?」
 気遣うように言った。
「よくも悪くもないが…」
 カールは自分の手をしばらく見てから、
「体が動かせない…顔は、少し動かせるが」
 憂鬱そうに言う。
「もう少し休んでいれば大丈夫ですよ」
 ソロモンは指先をカールの手の平に滑らせる。
 くすぐったい、というカールに、感覚はあるんですね、と言って、カールの指先に指を絡めたり、軽く押したりした。
 指の一本一本を、まるで凍ったそれらを解凍するように丹念に撫でる。
「長かったですよ、この二週間」
「二週…?ああ、そんなに寝ていたのか…」
 ソロモンはカールの手の甲に軽く口づけてから、また指を絡める。
 カールはしばらくそれを見つめた。
「…ひょっとして、ここにずっといたのか?」
「ええまぁ、帰ってきてからはずっと」
 カールは柔らかく微笑んで、
「…ありがとう」
 人生でもう二度とださないような優しい声で言った。
「えっ」
「…二度は言わん」
 ぶっきらぼうにいうカールにソロモンは微笑んで、
「…あなたが目を覚ましてくれただけで、十分ですよ」
 手をゆっくりと握った。
「…そういえば」
「ん?」
「『目覚めたら好きにしていい』って言ってましたよね」
「…なんの話だ?」
「……とぼけ方がわかりやすいですよカール」
 ソロモンは意地の悪い笑みを口元に浮かべて、
「カール、今動けないんですよねぇ」
 片方の手でカールの手を握ったまま、もう一方の手をカールの頬にやった。
「最悪な兄だな」
「……最高の賛辞ですね、それ」
 愛しげに、カールの額を撫でて、
「…おかえりなさい、カール」
 カールの顎に軽く手を添えた。
「…ただいま」
 カールはソロモンから目を反らしながら、言った。
 二つの影は、すぐに一つになった。




END




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2006/5/28
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