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雨カール。
雨に濡れているカールが書きたかったのです。
---------------------
降ってきた。と思った時にはもう遅いわけで。
雨の降る街で
雨季のハノイ。
叩きつける雨の滝の中、カールは何かを悟ったような表情で歩道を歩いていた。傘もささず、右手には鞄だけを持っている。
すれ違う人間達も今更傘をさそうとしたり、少しでも濡れないようにと走ったりする様子はない。慣れているか諦めの境地かのどちらかだ。
日中にも関わらず、近くの建物の輪郭が水のヴェールでぼやけている。
見えるのは足元ぐらいのもので、車道では、この国の天候に慣れない運転手は安全走行を諦めて路肩に車を寄せていた。
道に打ち付ける雨が、かなりやかましい音をたてているため、喋ろうとするなら相当大きい声でないと相手に聞こえない。(これは音だけでなく、口に水が入るためでもあった)
そんな中、カールの髪とアオザイはこれ以上水を吸えないほど、びしょ濡れになっていた。長い黒髪が顔や首に張り付いている。
無事なのは密封パックにいれておいた携帯電話だけか、とぼんやりそう考えながら、カールは一度、屋根がせり出している食品店の店先に避難した。鞄が倒れないよう、自分の右脚に傾けて地面に置いてから、髪に手をやる。頬にはりついた髪を全て耳の後ろにやり、整える。
「やられましたね、お客さん」
「ええ…見事に」
一言二言、店員と言葉を交わしてから、カールは鞄を持って再び、滝の中へと戻っていた。
* * *
「……こんなに酷いんですねぇ……」
同じく、ハノイ。
ソロモンはハンドルを握りながら、車のフロントガラスに向かってぼやいた。ワイパーは一応動いているのだが、容赦ない滝を前に、もはや動いている意味が全く無くなっていた。前を走る車の姿はライトで辛うじて確認できるぐらいだ。
「…さて…?」
このまま進むか、車を路肩に寄せて雨が治まるのを待つか。
しばらくそのまま直進してから、
「………」
対向車線で、警察車両と思われる赤い派手なランプに、
車二台が囲まれているらしい(ぼやけているので)のが見えて、
「………」
ソロモンは車を路肩に寄せることにした。
車を路肩に寄せてしまってから、ソロモンはワイパーを止めた。
(………)
ワイパーの音が消え、雨が車体を叩きつける音しか聞こえてこない。
体を椅子にもたれかけて、ソロモンはぼんやりと横を見た。
(しばらく待てば止むとはカールから聞いていますが…)
しかし止む気配は全く無い。
本当に止むのだろうか、と疑い始めた時、ガラスと雨の壁の向こうに、見覚えのある後ろ姿が見えた。
長い黒髪に鮮やかな青のアオザイ。
見間違えるはずのない後姿だった。
―――カール。
ソロモンは嬉しそうに目を細める。
―――今日は、全く運が無いというわけではなさそうですね。
一人で、延々とここで待っているより、カールが隣にいてくれた方が何倍もいい。
『カール』
ソロモンは迷わず、カールの頭に呼びかけた。
* * *
『カール』
「?」
頭の中に妙に嬉しそうなソロモンの声が響いて、カールは斜め後ろを振り返った。そこには見覚えの無い車があったが、少し近づくと見慣れた癖のある金髪が見えて、カールは車を覗き込んだ。
『……ソロモン』
『びしょ濡れじゃないですか…乗ってください』
『中が水浸しになると思うが?』
『別に構いませんよ。他に誰かを乗せる予定もありませんし』
それを聞くと、カールはしばらく自分の右腕を見てから、道路側に回って助手席に乗り込んだ。
「…今日中に止むんですか?これ」
「長くても二十分で小降りになる」
慣れたようにそう言いながら、カールはアオザイの襟元にある止め具を外した。左手を空いた隙間から滑り込ませる。
何回か、カチャカチャと金属音がしてから、最後にガチャンと音がした。そしてカールは義手を外す。
一瞬だけドアを数センチ開けると、カールは義手に溜まっていた水を捨てた。
「タオルはそこにありますよ」
わかった、と小さく言ってタオルを取り出すと、カールは片手で器用に義手を丹念に拭き始めた。
「カールに会えてよかったです。ここで一人延々と待っていなければいけないと思っていましたから」
「…これを外せたことだけには感謝している。水が溜まるからな」
カールは後部座席に身を乗り出し、タオルを敷いてからその上に義手を乗せた。それからカールは座席を軽く倒して、脚を伸ばせるように後ろに移動させ、椅子の背もたれに体を預けて、窓の外を眺めた。
「………」
お互いに一言も喋らない中、ソロモンはそんなカールを眺めていた。
止め具を外したままのアオザイの襟元から、鎖骨が覗いている。
くつろいでいるカールに、ソロモンが唐突に聞いた。
「…半年振りですよね?」
「そうだな」
カールはそっけない返事を返す。
「あの時は話す時間もありませんでしたよね…」
「ああ」
「その前もそうでした。…二年前に会った時も…少し話しただけで…」
そう言ってから、ソロモンはしばらくフロントガラスを眺めた。
考え込み始めたソロモンを、カールは無表情に見ていた。
それからソロモンは、振り向いてカールをじっと見つめる。
――なんなんだ?
カールがそう問おうとしたとき、ソロモンが先に口を開いた。
「……最後にあなたの肌に触れたのは、四年前です」
神妙な面持ちで言うソロモンにカールは、
「………」
目を反らして窓の外を見た。
「…カール、駄目ですか?」
意味ありげに、そしてどこか辛そうに言うソロモンに、
「…ここでか?」
カールは窓の外を見たまま言った。しばらくの沈黙。
「人の目が気になるのでしたら、ご安心ください」
そう言って、ソロモンがドアの脇にあるボタンを押すと、
黒のカバーが窓という窓を覆った。最後に天井のライトが点灯する。
「……ねぇ、カール」
運転席から身を乗り出したソロモンとしばらく見詰め合ってから、カールは再び目を反らした。
アオザイから滴り落ちた水が、椅子の下にできた水溜りを更に大きくする。
まぁ、たしかに、ここは狭いですしね。とバツが悪そうに言うソロモンを見て、カールは腹筋で起き上がった。
「ん?カー…」
突然起き上がったカールの名前を呼ぼうとしたソロモンの顎を、カールが左手で捕まえる。そうやって強引に自分の方に引き寄せてから、
「その気にさせてみろ」
と、カールは真顔で言った。
ソロモンは、面食らったように目を見開いてから、
「驚いた。あなたからそんな言葉聞けるなんて…どんな風の吹き回しです?」
苦笑して言った。
「試したくないなら別にいいが」
「…そんなわけないでしょう?」
カールは楽にしていてください、と言われ、カールはそれに素直に従う。
ソロモンは片手でカールの頬を包んだ。
雨に晒されていたそこは、ひんやりとして湿っている。
ソロモンは親指でゆっくりと、カールの唇を撫でた。
触れるか触れないかというぐらいの接触で、何度も何度も撫でる。
四年という月日は、翼手として生きるには短い期間だけれど、愛しい人と離れる期間としては決して短くない。
久しぶりに触れられたことへの悦びをかみ締めながら、ソロモンはもう片方の手でもカールの頬を包んだ。
一度だけ、ほんの少し触れるだけのキスをして、カールの額と自分の額を合わせる。
そうやってまた、一瞬だけのキスを何度もして。
今度は、ゆっくり、ゆっくりと口付ける。
何度も唇を食み、舌で丹念になぞって。
少しだけ顔を離して、無理をして微笑みながら、
(…いかがですか?)
とソロモンは視線で聞いた。これ以上続ければ、カールの意志は無関係になってしまうから。
そんなソロモンを見て、カールはソロモンのネクタイを乱暴に引っ張って、自分の顔の目前まで引ソロモンの顔を寄せる。
痛いですよ、と呻くソロモンをカールは無視して、
「何か勘違いしているようだから、言っておく」
相手の目を真っ直ぐ見て言った。
「この四年間。我慢していたのはお前だけじゃない」
驚いて次の言葉を紡げないソロモンに、
「さっさと来い」
カールはネクタイから手を離して言った。
ソロモンは嬉しそうに微笑みながら、カールの襟元の隙間に手を差し入れる。触れたカールの素肌はすでに熱くなっていて。
「…もう興奮してるんですか?」
からかうように言うソロモンに、カールは小さく、うるさいと言って目を逸らした。
END
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2006/05/05
雨に濡れているカールが書きたかったのです。
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降ってきた。と思った時にはもう遅いわけで。
雨の降る街で
雨季のハノイ。
叩きつける雨の滝の中、カールは何かを悟ったような表情で歩道を歩いていた。傘もささず、右手には鞄だけを持っている。
すれ違う人間達も今更傘をさそうとしたり、少しでも濡れないようにと走ったりする様子はない。慣れているか諦めの境地かのどちらかだ。
日中にも関わらず、近くの建物の輪郭が水のヴェールでぼやけている。
見えるのは足元ぐらいのもので、車道では、この国の天候に慣れない運転手は安全走行を諦めて路肩に車を寄せていた。
道に打ち付ける雨が、かなりやかましい音をたてているため、喋ろうとするなら相当大きい声でないと相手に聞こえない。(これは音だけでなく、口に水が入るためでもあった)
そんな中、カールの髪とアオザイはこれ以上水を吸えないほど、びしょ濡れになっていた。長い黒髪が顔や首に張り付いている。
無事なのは密封パックにいれておいた携帯電話だけか、とぼんやりそう考えながら、カールは一度、屋根がせり出している食品店の店先に避難した。鞄が倒れないよう、自分の右脚に傾けて地面に置いてから、髪に手をやる。頬にはりついた髪を全て耳の後ろにやり、整える。
「やられましたね、お客さん」
「ええ…見事に」
一言二言、店員と言葉を交わしてから、カールは鞄を持って再び、滝の中へと戻っていた。
* * *
「……こんなに酷いんですねぇ……」
同じく、ハノイ。
ソロモンはハンドルを握りながら、車のフロントガラスに向かってぼやいた。ワイパーは一応動いているのだが、容赦ない滝を前に、もはや動いている意味が全く無くなっていた。前を走る車の姿はライトで辛うじて確認できるぐらいだ。
「…さて…?」
このまま進むか、車を路肩に寄せて雨が治まるのを待つか。
しばらくそのまま直進してから、
「………」
対向車線で、警察車両と思われる赤い派手なランプに、
車二台が囲まれているらしい(ぼやけているので)のが見えて、
「………」
ソロモンは車を路肩に寄せることにした。
車を路肩に寄せてしまってから、ソロモンはワイパーを止めた。
(………)
ワイパーの音が消え、雨が車体を叩きつける音しか聞こえてこない。
体を椅子にもたれかけて、ソロモンはぼんやりと横を見た。
(しばらく待てば止むとはカールから聞いていますが…)
しかし止む気配は全く無い。
本当に止むのだろうか、と疑い始めた時、ガラスと雨の壁の向こうに、見覚えのある後ろ姿が見えた。
長い黒髪に鮮やかな青のアオザイ。
見間違えるはずのない後姿だった。
―――カール。
ソロモンは嬉しそうに目を細める。
―――今日は、全く運が無いというわけではなさそうですね。
一人で、延々とここで待っているより、カールが隣にいてくれた方が何倍もいい。
『カール』
ソロモンは迷わず、カールの頭に呼びかけた。
* * *
『カール』
「?」
頭の中に妙に嬉しそうなソロモンの声が響いて、カールは斜め後ろを振り返った。そこには見覚えの無い車があったが、少し近づくと見慣れた癖のある金髪が見えて、カールは車を覗き込んだ。
『……ソロモン』
『びしょ濡れじゃないですか…乗ってください』
『中が水浸しになると思うが?』
『別に構いませんよ。他に誰かを乗せる予定もありませんし』
それを聞くと、カールはしばらく自分の右腕を見てから、道路側に回って助手席に乗り込んだ。
「…今日中に止むんですか?これ」
「長くても二十分で小降りになる」
慣れたようにそう言いながら、カールはアオザイの襟元にある止め具を外した。左手を空いた隙間から滑り込ませる。
何回か、カチャカチャと金属音がしてから、最後にガチャンと音がした。そしてカールは義手を外す。
一瞬だけドアを数センチ開けると、カールは義手に溜まっていた水を捨てた。
「タオルはそこにありますよ」
わかった、と小さく言ってタオルを取り出すと、カールは片手で器用に義手を丹念に拭き始めた。
「カールに会えてよかったです。ここで一人延々と待っていなければいけないと思っていましたから」
「…これを外せたことだけには感謝している。水が溜まるからな」
カールは後部座席に身を乗り出し、タオルを敷いてからその上に義手を乗せた。それからカールは座席を軽く倒して、脚を伸ばせるように後ろに移動させ、椅子の背もたれに体を預けて、窓の外を眺めた。
「………」
お互いに一言も喋らない中、ソロモンはそんなカールを眺めていた。
止め具を外したままのアオザイの襟元から、鎖骨が覗いている。
くつろいでいるカールに、ソロモンが唐突に聞いた。
「…半年振りですよね?」
「そうだな」
カールはそっけない返事を返す。
「あの時は話す時間もありませんでしたよね…」
「ああ」
「その前もそうでした。…二年前に会った時も…少し話しただけで…」
そう言ってから、ソロモンはしばらくフロントガラスを眺めた。
考え込み始めたソロモンを、カールは無表情に見ていた。
それからソロモンは、振り向いてカールをじっと見つめる。
――なんなんだ?
カールがそう問おうとしたとき、ソロモンが先に口を開いた。
「……最後にあなたの肌に触れたのは、四年前です」
神妙な面持ちで言うソロモンにカールは、
「………」
目を反らして窓の外を見た。
「…カール、駄目ですか?」
意味ありげに、そしてどこか辛そうに言うソロモンに、
「…ここでか?」
カールは窓の外を見たまま言った。しばらくの沈黙。
「人の目が気になるのでしたら、ご安心ください」
そう言って、ソロモンがドアの脇にあるボタンを押すと、
黒のカバーが窓という窓を覆った。最後に天井のライトが点灯する。
「……ねぇ、カール」
運転席から身を乗り出したソロモンとしばらく見詰め合ってから、カールは再び目を反らした。
アオザイから滴り落ちた水が、椅子の下にできた水溜りを更に大きくする。
まぁ、たしかに、ここは狭いですしね。とバツが悪そうに言うソロモンを見て、カールは腹筋で起き上がった。
「ん?カー…」
突然起き上がったカールの名前を呼ぼうとしたソロモンの顎を、カールが左手で捕まえる。そうやって強引に自分の方に引き寄せてから、
「その気にさせてみろ」
と、カールは真顔で言った。
ソロモンは、面食らったように目を見開いてから、
「驚いた。あなたからそんな言葉聞けるなんて…どんな風の吹き回しです?」
苦笑して言った。
「試したくないなら別にいいが」
「…そんなわけないでしょう?」
カールは楽にしていてください、と言われ、カールはそれに素直に従う。
ソロモンは片手でカールの頬を包んだ。
雨に晒されていたそこは、ひんやりとして湿っている。
ソロモンは親指でゆっくりと、カールの唇を撫でた。
触れるか触れないかというぐらいの接触で、何度も何度も撫でる。
四年という月日は、翼手として生きるには短い期間だけれど、愛しい人と離れる期間としては決して短くない。
久しぶりに触れられたことへの悦びをかみ締めながら、ソロモンはもう片方の手でもカールの頬を包んだ。
一度だけ、ほんの少し触れるだけのキスをして、カールの額と自分の額を合わせる。
そうやってまた、一瞬だけのキスを何度もして。
今度は、ゆっくり、ゆっくりと口付ける。
何度も唇を食み、舌で丹念になぞって。
少しだけ顔を離して、無理をして微笑みながら、
(…いかがですか?)
とソロモンは視線で聞いた。これ以上続ければ、カールの意志は無関係になってしまうから。
そんなソロモンを見て、カールはソロモンのネクタイを乱暴に引っ張って、自分の顔の目前まで引ソロモンの顔を寄せる。
痛いですよ、と呻くソロモンをカールは無視して、
「何か勘違いしているようだから、言っておく」
相手の目を真っ直ぐ見て言った。
「この四年間。我慢していたのはお前だけじゃない」
驚いて次の言葉を紡げないソロモンに、
「さっさと来い」
カールはネクタイから手を離して言った。
ソロモンは嬉しそうに微笑みながら、カールの襟元の隙間に手を差し入れる。触れたカールの素肌はすでに熱くなっていて。
「…もう興奮してるんですか?」
からかうように言うソロモンに、カールは小さく、うるさいと言って目を逸らした。
END
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2006/05/05
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