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もう一つの話
「もう一つの話」PART・A
ソロカルパラレル(?)SS。PART・Cで終了。雰囲気はシリアスです。

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赤い粉が舞う。夜の闇へと溶けていく。
さらさらと風に流れていくあなたの命を目の当たりにしながら、考える。
もう一つ、他に道があったのかもしれないと。

これは、僕が考えた、もう一つの物語。



   もう一つの話 PART・A


  カール。君に是非、紹介したい男がいるんだ。
  会ってくれないか?ここの大学を卒業したのはついこの間だってのに、
  今じゃ軍医様だ。
  いけ好かない所もあるが、まぁいい奴だ。
  認めたくないはないが、私より優秀かもしれない。どうだ?

 死にもの狂いで勉強して(一度本当に文字通り死にそうになったりしながら)、某国への留学の夢が叶い、なんとか異国の環境に適応し始めていたある日。
教授にそう言われて、カールはなんの気なしに「はい」と答えていた。
そして出会ったのが、ソロモン・ゴールドスミスだった。

 この話は、カールがソロモンと出会った六年後から始まる。

*  *  *

 手袋をつけてくればよかったと今更ながら後悔しつつ、カールは花束を抱えながら墓地の小道を歩いていた。墓地に生える銀杏の木から、寒風に震えた黄色い木の葉がかさりと音をたてて地に落ちる。
 ついこの間まではまだ暖かかったから、まだ銀杏の木達にはたっぷりと葉がついていたが、この寒さでは枝が丸裸になるのはすぐだろう。喫茶店でケーキでも頼みたい時間帯ではあったが、日の当たるところでもかなり寒い。
 木の茂った銀杏の木々が満足げに日光に当たっている姿は、写真に撮れば暖かな午後を思わせるものだったが、実際は日陰に行けば霜柱が仲良く土から伸びている。
 カールはある墓標の前で立ち止まった。墓の主が亡くなった年として六年前の西暦が、その墓標には刻まれている。墓で眠るのは、カールがこの国の大学に留学していた頃、親しくなった青年のものだ。

「すまないな。…随分と、久しぶりになってしまって…ソロモン」
 花束を墓前に置いてから立ち上がると、カールは囁くように言った。
 留学が終わり、一度ベトナムに戻ってからは、なかなかこの国を訪れることができなかったのだ。
 あれから六年も経ったのか…と思いながら、墓標に被さる枯葉やら埃やらを払ってやる。

「…似合わない」
 カールは呟いた。上質な服に身を包み、颯爽と歩いていた青年が埃を被るだろうか?
 気が済むまで持ってきた布で墓標を拭く。次にここに来られるのはいつだろうと考えると、拭く手に力が入る。
 おそらく自分以外に、この墓を訪れるものは殆どいないのだ。
 
 六年前、ソロモンがいなくなってしまってから、カールは自分が殆どソロモンのことを知らなかったとに気づいた。
 出会いも別れも、突然だった。
 ソロモンは嵐のようにカールの人生の中へとやってきて、そして去っていた。
 ソロモンの家族のことや、故郷のこと、職業についてカールが何かを知ろうとする前に、彼はいなくなってしまった。
 
 否。カールは一人で、頭を振った。
 
 カールはソロモンのことをもっと知ろうとしたし、知りたかった。
 だがソロモンはそんなカールの質問を、今思えば巧くかわしていたのだ。
 それがおかしいと明確にわかるには、当時のカールは盲目すぎた。あまりにソロモンと距離が近すぎたのだ。それに、軍医ということだったから、職業に関して彼が多くを語らないとは仕方ないことだと思えた。

 だが、ソロモンがいなくなってしまった後、ソロモンの死因に関しては、死んだという事実だけがカールに一方的に伝えられただけで、それ以外は全くわからなかった。探ろうとすれば、返ってくるのは「軍事機密」という言葉だけだったのだ。
 最初からまるでソロモンという名の人間などいなかったかかのように、ソロモンに関係するモノがそれからカールの前に現れることは一度としてなかった。
 失意と悲しみの中で、己を奮い立たせるように、カールは六年前、ソロモンの墓標に向かって一人、指を突きつけて叫んだ。
 
    自惚れるな。
    お前が私を一人置き去りにして先に逝ったからといって、
    私の人生が滅茶苦茶になると思ったら大間違いだ。

 奴を自惚れさせてたまるか、と己に言い聞かせ、視界が涙で曇る中、それが零れ落ちるのを見せたくなくて、すぐに墓標に背を向けて全力で走り去った。
 立ち止まっていたら、すぐに悲しみに追いつかれそうで、カールはただ前に進むしかなかった。
 カールは元々が熱心な学生だったが、ソロモンを亡くしてからは、教師陣からすらも「いい加減休め」と言われる程になる。


 がさり、と銀杏の葉を踏む音がすぐ近くで聞こえ、六年前に想いを馳せていたはカールは、はっとして音のした方に顔を向けた。
 そこには男が立っていた。カールより少し年上ぐらいで、色素の薄い鳶色の髪と、髪と同じ色の瞳を持っている。

「…ゴールドスミス軍医のご友人、ですか?」

 訊かれて、カールは男が左手に持っていた花束を見た。この男も、ソロモンの墓に花を手向けに来たのだろうか。男の右腕の袖からは手がのぞいておらず、ひらひらと無力に垂れ下がっていた。
 『軍医の友人』と言ったことからして、男は元軍人だろう。戦場で腕を失ったのだろか、と考えながら、

「…ええ」

 カールは答えて、墓石の前からどいた。
 これは失礼、と言いながら、男もまた花束をソロモンの墓石の前に置く。

「軍の方だったのですか」

 カールが訊くと、男は静かに頷いた。
「軍医が亡くなられてから六年ですか……早いものです」
 男は感慨深そうに天を仰ぐ。
「……そうですね」
 カールは答えた。
「…あの、違っていたら申し訳ないのですが、貴方はフェイオンさんではありませんか?」
「そうですが」
 カールが面食らいながら問いに答えると、男は微笑んだ。
「ああ、やはり。軍医が言っていましてね、フェイオンという名の絶世の美人がいると」
 あいつは軍で一体何を言いふらしてたんだと内心毒づきながら、
「きっと、同名の人違いですよ。…絶世の美人なのでしょう。そのフェイオンさんは」
 カールは笑って言った。
「いやいや、横顔を見ただけですぐにわかりましたよ」
 男は自分の名を名乗ってからカールに左手を差し出した。その名はカールが聞いたことない名前だった。
「軍医が亡くなられた年に軍を除隊しまして、今はしがない歴史学者です。…左手で申し訳ないですが」
「カールです。カール・フェイオン。…ご存知だとは思いますが」
 カールは男の手を握った。骨ばった手だったが、冷え切ったカールの手にはとても暖かく感じられる手だった。
「軍医がいつもあなたのことを話していましたよ。『おかしくなりそうなぐらいに愛している。というより、もうおかしくなっている』と」
 手を離すと、男が言った。
「…そんなことを言っていたんですか」
「ええ、貴方のことを話している時の彼は、本当に幸せそうでした」


 しばらく立ち話をしてから、男は去っていった。
 男の遠くなる背を見送りながら、カールはソロモンの死の知らせを聞いた日のことを思い出した。
 あの日も、背筋が凍るような寒さで、銀杏の葉がはらはらと枝から落ちていた。
 空の色も太陽の光も能天気な色をしていたのに、カールも銀杏も身体を震わせていたのだ。
 カールに背を向けたまま立ち止まると、男は言った。



「…どうか、お元気で」


PART Bに続く。
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2007/10/06
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