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 ソロカルSS。やっぱり切ない系統のSSなのでした。姫とジェイムズも出演です。
 …そろそろラブラブを……。
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三十年目の片想い



 ヨーロッパ北部の某国に、遥か昔に見捨てられた、森に囲まれた教会があった。石の壁は蔦に覆われ、窓がどこにあるのかさえわからない。かつては教会を円形に囲んでいた木製の柵は、殆どが風雨でなぎ倒され、腐り、無くなってしまっていた。
 教会の塔の上にある鐘も鳴らされなくなって久しい。もうかつてのような音はでないかもしれない。
 そんな人工物の惨状とは裏腹に、教会の周囲は色鮮やかな花が咲き乱れていた。
 白、黄色、ピンク、赤、水色、淡い紫。
 蜜をもらおうと蜂や蝶が花に舞い降りて、そよかぜと一緒に花びらを揺らす。
 蝶、蜂達は蜜をもらって花から飛びたとうしたが――。
 一匹も飛び立つものはなかった。
 神秘的なメロディの歌声が響いてきて、虫達は聞き入っていたのだ。
 その歌声を響かせていたのは、人の形をした少女だったが、ある種族の女王たる威厳ゆえか、虫ですら彼女の歌声に敬服せざるをえない。
 少女は、教会の横にある大きな木の陰になっているところで歌っていた。
 少女の前では、黒スーツの黒人の青年が少女の歌に感銘を受けて呆然と立ち尽くしていた。
 少女が歌い終わりにっこりと微笑むと、黒人の青年は、
「……素晴らしい」
と呆けたように言ってから、すぐに我に戻って、
「素晴らしい!ママ!私にはそれしか言えない!!」
手が痛むのにも構わず、渾身の力で拍手を始めた。



 鐘塔にも、少女の歌声に拍手を送る人影があった。
 長い艶を帯びた黒髪に、青色のアオザイ着ている――カールだ。
 カールは鐘に背を向けて、石製の柵から軽く身を乗り出していた。しばらく眼下にいる少女に拍手を送ってから、少女が黒人の青年だけを見て微笑んでいるのを見て、
「――全く」
 頬杖をついた。
 この教会を見つけたのは、1910年代のこと。カールとディーヴァでアンシェルの目を潜り抜けて、森を探検に来た時に見つけたのだ。その時、楽しそうに歌うディーヴァのすぐ前にいたのはカールだったし、ディーヴァが満面の微笑を向けていたのもカールだった。
 カールは視線をディーヴァから黒人の青年へとやった。
 黒人の青年はジェイムズというらしい。つい先日ベルリンでシュヴァリエになったばかりだという。シュヴァリエになった経緯などはまだ聞いていないが、そんなことよりも、ここの所ジェイムズばかりが主の寵愛を受けている様を見て、カールの心にぽっかりと穴が空いていた。だが今の状況に不服を持つということは、それすなわち主の行動を否定することであり、カールにとって許されない行為だった。
 それでも、シュヴァリエになってからというもの、ただディーヴァのことをひたすらに想い、忠誠を近い、ディーヴァが眠りにつけば、目覚めるのを心待ちにするという日々を送ってきたカールにとって、ディーヴァに全く構ってもらえないという現状に決して満足ができるわけがなかった。
 カールは、ディーヴァとジェイムズの姿を視界に入れないように、鐘塔の中を移動した。
 先程までいた場所から丁度反対側の柵の前に着くと、カールは再び頬杖をつく。
 もし、もし、このままディーヴァの寵愛を失ってしまったら、とカールは思う。
 生きているだけで傷つき続けている自分の痛みを忘れさせてくれるのは、シュヴァリエとしての本能がディーヴァへの愛に溺れている時だけで、その熱情が過ぎ去った時、すぐに自分は痛みに向き合わなければいけない。幸せだった日々が引き裂かれた瞬間を。
 こうしている時も、頭の中でディーヴァでない人物のことがどんどん膨らみ続けていく。ふわりとした金髪と、穏やかな碧眼を持つ男のことが。
 あともう少しで、幸せだった日々から30年が経ってしまう。それでも未練たらしく、こうしてあの男を想っている自分は飛んだ馬鹿者だと思う。過去のことなど忘れて、ただディーヴァのことだけ考えていればきっと幸せになれるというのに。
 そしてカールは知っている。こうやってカールが弱っている時に、あの男は図ったように現れるのだ。
 足音を立てないようにしていたらしいが、ソロモンが階段を昇ってくる気配、自分の後ろに立つ気配の全てにカールは気付いていた。一度破局してから、伊達に約三十年も片想いしているわけではない。

*    *    *

 ソロモンは鐘塔の階段を静かに昇ると、そこでカールの姿を認めて破顔した。
 カールはこちらを振り向かない。気付かれていないのだろうとソロモンは判断して、音を立てずにカールに近づいた。
 「カール」
 ソロモンはカールの細腰を抱くと、カールの肩に頭を乗せて耳元で囁く。
 顔をカールの肩に埋めると、アオザイからほのかに沈香の香りがした。わざわざカールがベトナム産のそれを取り寄せていたのをソロモンは知っていたから、カールの郷愁を思って心を痛めながらその香りを吸い込んだ。
 愛している、と言ってしまいたい。カールと共にいれば、自分の犯した罪に心臓を貫かれるけれど、それでも長い間離れなければいけない時の寂しさを思えば、耐えられた。
 もう一度、愛し合いたい、と言おうと今まで何万回も口を開きかけた。そのたびに、カールが人間としての死を迎える直前に口にした言葉が、頭の中を反響した。
 『ソロモン』
 カールは、ソロモンのことを最期の瞬間まで信じていたのだ。
 カールの愛を、信頼を、冷徹に裏切ったのが他ならぬ自分であるのに、どの口でまたやり直したいなどと言えるというのだろうか。

*    *    *

 どくん、と心臓が跳ねた。ソロモンの気配にはずっと気付いていたというのに、実際にこうやって抱きしめられると動揺してしまう。

 振り払ってしまいたい。
 否。
 いつまででも抱きしめていて欲しい。

 どちらも本当の気持ちだった。戯れに抱きしめられたり口づけられる度に、心も身体もざわめいて、甘い期待を抱いてしまう。だが期待する度に必ずやって来る落胆を思えば、“遊び”で抱きしめるのも、キスするのもやめて欲しかった。
 だが、ソロモンの熱を傍に感じると、偽りの上であってもささやかな幸せを感じてしまう自分が、確かにいる。

*    *    *
 
 場所も考えずに、濃厚な口づけを交わして、カールの服を脱がしてしまいたい。そんな欲望をも凌駕する願いが、ソロモンにはあった。

ただ、カールと、「話し」がしたい。

 こんなに傍にいるのに、カールの熱を感じながら、泣きだしたくなるぐらいに寂しい思いをしなければいけないのは、自分がカールとまともな「話し」をずっとしていないからだろう。
 傍から見れば、ソロモンとカールは普通に話しているように見える。むしろ、他の兄弟達よりもよく二人で話はしていたし、互いに笑うこともあった。
 だが、本当にソロモンが口にしたかった言葉は、今までも一度も口にされることはなく、ただ孤独感と悲しみと共に胸の中に降り積もり続けるだけだった。
 例えいくら抱きしめても、キスしても、夜を共にしようとも、その行為が成される時のカールとの距離が小さければ小さいだけ、カールとの距離がいかに大きいかを考えてしまう。

*    *    *

「なんだ?」
 努めて冷静にカールが訊くと、ソロモンはカールの耳朶を甘噛みしてから答える。
「ジェイムズにディーヴァをとられて可哀想だと思って」
「ふん。別に私はなんとも思ってない」
「そうですか?」
 ソロモンの手がカールの手をとり、撫でる。
 カールは何でもないふりをしながら、
「今は新参者にディーヴァが興味を持っているだけだ。すぐに私のもとにディーヴァは戻ってくる。それより可哀想なのはお前だろう?残念だな、ディーヴァはお前に見向きもしない」
 早口で、一気にそう言った。
「……強がり」
 低めた声で、耳元でそう囁かれ、黒髪をかきあげられて、首筋に口付けを落される。カールの身体から力が一気に抜けそうになった。

*    *    *

 主に嫉妬するシュヴァリエなど自分以外にいるのだろうかと思いながら、ソロモンはカールを強く抱きしめる。カールの主への想いを聞くたびに、その真っ直ぐな強い感情が何故自分に向けて貰えないのだろうという不満(自分のせいだとわかっていても)と、主への嫉妬が湧き上がる。主に構ってもらえない寂しさを強がって隠そうとする姿を見せられれば尚更だ。
「忘れさせて、あげますよ……」
 ソロモンはカールのアオザイの飾り紐を解きながら言った。
 こんな風にカールの肌に触れたいわけではないのに。

*    *    *

 飾り紐が抜けて、はだけたアオザイの隙間から、ソロモンの手が入り込んでくる。
 カールはその手を拒否しなかった。
 (ああ、だから遊ばれるんだろうな……)
 自分が弱っている時に、ソロモンはするりと入り込んでくる。そんな時にはカールも拒否できないから、ソロモンにとっては体のいい遊び道具なのだろう。
 (わかっているのに、な…)
 カールが顔を横に向けるとすぐに、碧の瞳と目が合った。
 カールは首を傾げて瞳を閉じ、キスを乞う。
 (それでも私は、お前をずっと求めているんだ)

*    *    *

 瞳を閉じたカールの意図を察して、ソロモンはカールの顎を引き寄せて、口づけた。

*    *    *

 教会を囲む花の上を、再び蝶や蜂が飛び交い始めた。
「ジェイムズ。こっちへいらっしゃい」
 ディーヴァがその場に座ると、
「いけません、ママ。服が汚れてしまいますよ」
「いいのよジェイムズ。膝枕をしてあげる…。私の言うコト、聞けない?」
 ジェイムズは膝枕という言葉にある種の戦慄を覚えたが、ディーヴァの蒼い瞳に射竦められて、言うことを聞かないわけにいかず、
「……失礼します!!」
 きっちりとディーヴァに頭を下げてから、ディーヴァの膝に頭を乗せた。
「ねぇ、ジェイムズ。お願いがあるの」
「ななな…なんなりと、ママ」
 ディーヴァの手に頬を撫でられて、ジェイムズは顔を真っ赤にしながら、どもって言った。
「私に、寂しい想いをさせないでね」
「当然です…ですが、な、何故そのようなことを?」
 ディーヴァはにっこりと微笑んだが、ジェイムズの質問には答えなかった。
「あなただけは、私のことだけ考えて。さっき、あなたの為に歌ってあげたでしょう?あんな、風に」
「ああ、ディーヴァ。私はあなたのことだけを考えます。だから、そんな顔をしないでください」

*    *    *

 カールの熱を探れば探るほど、孤独に身を震わせそうになって、必死にカールの熱を探る。そうやって身体が熱を得れば得るほどに、心は冷え切っていく。
 だから、ソロモンは願う。

 ねぇカール。

 今だけは、せめて今だけは、

 僕のことだけ考えて。




〈終〉



「狂おしいまでに」の時の、カールが「僕のことだけ考えて!」という台詞があります。その言葉が、私にはとても悲痛に聞こえるのです。でも、「僕のことだけ考えて」と思っていたのは、きっとカールだけではなかったと思います。

【2008/03/27】
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