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「車ですよ。段差に気をつけてください」
目隠しで何も見えない中、私は手探りで車に乗りこんだ。
<地獄への組曲 14>
奴がプレゼントとやらをくれるという日。私は部屋でソロモンを待ちながら、昨夜奴からもらった日記帳を開いていた。日記には早速文字が並んでいる。
『ソロモンからこの日記を譲り受けた。こんなにいい日記を手放すとは。←捨てるつもりだったようだ!私はこの日記をしっかり使ってやろうと思う
今日は珍しくソロモンの奴が、早々と帰っていた。明日のプレゼントの準備があるらしい。一体奴は何を企んでいるのだろう?』
本当にそうだ。一体奴は何を考えているのだろう?
私は机に置いてある時計を見た。八時まであと三秒、二秒、一…。
トントン。
約束の8時丁度、ドアがノックされる音が聞こえた。日記を閉じて鍵をかけ、早速ドアを開ければ、ソロモンが黒の細長い布を差し出して、にこにこと微笑んでいた。
「カール、これで目隠ししてください」
「何故だ」と訊けば、「いいからいいから…貴方を驚かせたいんです」と押し切られてしまった。傍から見ていたらさぞ滑稽だろうと思いながらも、言われた通り私は目隠しをして、ソロモンに手を引かれて階段を降りた。
いくらソロモンに手を引かれているといっても、やはり、何も見えない状態で階段を降りることには多少不安があって、空いている手を手すりにやりながら、恐る恐るゆっくりと階段を降りた。それが可笑しかったのか、怖いんですか?と奴がくすくすと笑う声が聞こえて、「怖くなどない」と、意地になって早く降りようとして、一度階段を踏み外した。ぐらりと体が前のめりになった瞬間、片手は手すりを離れていて、落ちる、と思った時、すぐに奴が私の体を支えた。
「大丈夫ですか?」
と訊いてくる奴に、
「別にここから目隠しをする必要はないんじゃないか?」
私は質問を返した。
「…………」
ソロモンは何も答えなかった。
* * *
そして、今に至る。
車のドアを閉める音。それからソロモンが乗り込む音がしてから、
「では、行きますよ…絶対に目隠しをとらないでくださいね」
車が動き始めた。
「どこに行くんだ?」
「それを言ってしまったら、つまらないですよ…着くまでの秘密です」
「お前の家?」
「ハズレ」
ソロモンは楽しそうに言った。
「…どれくらいかかる?」
「そうですね…10分ぐらいでしょうか」
そうか、と私は小さく言った。車で10分…どこだ?
ぼんやりと考えていると、
「…何してる」
太腿のあたりに生暖かい感触を覚えた。
「右手が暇をもてあましているんです」
「…ハンドルは両手で握れ!」
私が怒鳴ると、
「右手が勝手に動くので、僕にはどうしようもないんです。…彼の自由にさせてあげたいので。カールのことが好きらしいですよ」
全く悪びれていない口調でソロモンが言った。
どうやらこの車には、私とソロモン以外に第三者が乗っているらしい。
「…外すぞ、これを」
私が目隠しに触れると、
「駄目ですよ」
ソロモンは太腿にやっていた手を引っ込めた。
「お前の意志とは無関係なんじゃなかったのか?」
「『彼』もあなたに目隠しを外して欲しくないらしいです…今は、ハンドルを握っていたいそうですよ」
本当に目隠しを外そうかとも考えたが、それはやめておいた。
「しかし、よく了承してくれましたね…もっと嫌がるかと思っていたんですよ。目隠し」
「あまり好んでしていたいものではないがな…。まぁ、お前を信じているから」
別に危険な場所に連れて行こうというわけではないだろう。そんな風に思って言うと、ソロモンから全く反応が返ってこなかった。
「ソロモン?」
「あなたという人は・・・」
「?」
「鋭いのか鈍いのか、謎ですよ…」
「謎めいた男なんだ」
「なるほど。さすがは怪人<ファントム>マニアですね」
私の頭の中で、誰かが「ふふん」と笑った。
「ところで、『驚かせたい』と言っていたな?何を企んでるのかは知らないが。…驚かせてみろ」
「随分とプレッシャーかけてくれますね」
「目隠しまでしたんだ。それ相応のものを期待している」
ソロモンが、ふふっ、と笑う声が聞こえた。
* * *
10分後、ソロモンの手をとって車を降り、導かれるままに歩いた。目隠しに使われている布の遮光性が高いのか、外の光の変化は全くわからない。
先程「いらっしゃいませ」と聞こえたし、靴の下から絨毯のような感触がしたから、今はおそらく屋内だろう。
「カール。ここで座って待っていてください」
手で椅子の位置を確認しながら、私はゆっくりと座った。
「すぐ戻ってきますから」
ソロモンは私の手を離した。
遠くから、小さくピアノの音がする。聞いたことない曲だ。穏やかで優しげなのに、どこか寂しげな曲だった。
私は耳をすませた。
なんとなく気配でわかっていたが、人が周りにいることは確かだ。大勢とはいかないまでも、決して少なくはないと思う。聞こえてくる言葉は流暢なフランス語ばかりだ。ここは高級ホテルか何かだろうか?いくつか、フランス系の高級ホテルが建てられたという話は聞いていたが、そのうちの一つなのかもしれない。
ホテルだとすれば、今、私がいる場所はロビーだろう。
フランス人ばかりいる中に、私が一人目隠しをして座っている所を想像して、私は思わず身を縮めた。
早く奴に戻ってきて欲しいと思った時、図ったかのように、
「お待たせしました。行きましょう…もう少し、我慢してくださいね」
奴が私の手をとった。
言われた通り、目隠しをつけたまま、歩く。
「ホテルだろう?ここは」
「ええ」
「驚かないぞ」
「驚きますよ」
ソロモンは余裕たっぷりといった感じで言った。
数回立ち止まり、しばらく歩いてから、
「さぁ、カール」
ソロモンは私の手を離してから、
「ここです…。目隠し、外しますよ」
私の目隠しを外した。
眩しいかもしれないと思って、ゆっくりと目を開けたが、予想とは逆に、柔らかく落ち着いた光がその場所をふわりと照らしていた。
目の前に広がる光景に、
「スウィート…ルーム…?」
私はそう呟くのがやっとだった。広い部屋だ。とにかく広い。
リビングだけで私の部屋が五つは入るかもしれない。意匠を凝らしたクローゼット、壁にかかる数枚の絵画、大きなソファー、花の置かれた低い長方形のテーブル、万年筆が吸うほう置かれた上品な色をした仕事机がある。部屋の中央にある丸テーブルの上にはオルゴールと、菓子が盛られたガラス皿が置いてあり、すぐ側に、それを囲むように白いソファーが置かれていた。
「カール、もっと驚きますよ」
呆然と立ち尽くしていると、ソロモンは私の手を引いて、べッドルームへのドアをくぐった。
「………」
横の長さが私の身長ほどありそうな巨大なベッドがあった。柔らかそうな枕が二つ並んでいる。
「これなら、どんなに激しく動いても大丈夫でしょう?」
やたらと嬉しそうに言うソロモンに、
「………お前は私の体をどうする気なんだ?」
私は牽制するように言いながら、部屋を見回した。まるでどこかの劇場をそのままミニチュア化したような形の薄いベージュのカーテンが窓を飾り、その手前にある透明な丸テーブルに果物が乗っている。そこで眠っても十分気持ちよそうな白いソファーの横には、黒光りするツボに、背の高い植物が植えられていた。ベッドの隣には、細長い鏡が立てかけられていて、その下には、赤いガラス製の巨大な器に、抱えられる程の薔薇が活けてある。
「ここに、泊まるのか…?」
まだ呆然とした状態から逃れられない中、私は訊いた。
「はい。「勉強お疲れ様」パーティーといったところです」
「………」
「本当は旅行にでも行ければ一番よかったのですが…、カールは大学を休まないでしょう?」
私は薔薇が活けてある器の前で屈んだ。
あまりにその赤い薔薇達が作りめいた美しさで咲き誇っていたから、造花なのかと思って匂いを嗅いでみたら、本物だった。
私はソロモンの方に向き直って、訊いた。
「いくら、かかった?」
ソロモンはその問いには答えないで、にこにこと微笑むだけだった。
「今日は楽しみましょう、カール」
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目隠しで何も見えない中、私は手探りで車に乗りこんだ。
<地獄への組曲 14>
奴がプレゼントとやらをくれるという日。私は部屋でソロモンを待ちながら、昨夜奴からもらった日記帳を開いていた。日記には早速文字が並んでいる。
『ソロモンからこの日記を譲り受けた。こんなにいい日記を手放すとは。←捨てるつもりだったようだ!私はこの日記をしっかり使ってやろうと思う
今日は珍しくソロモンの奴が、早々と帰っていた。明日のプレゼントの準備があるらしい。一体奴は何を企んでいるのだろう?』
本当にそうだ。一体奴は何を考えているのだろう?
私は机に置いてある時計を見た。八時まであと三秒、二秒、一…。
トントン。
約束の8時丁度、ドアがノックされる音が聞こえた。日記を閉じて鍵をかけ、早速ドアを開ければ、ソロモンが黒の細長い布を差し出して、にこにこと微笑んでいた。
「カール、これで目隠ししてください」
「何故だ」と訊けば、「いいからいいから…貴方を驚かせたいんです」と押し切られてしまった。傍から見ていたらさぞ滑稽だろうと思いながらも、言われた通り私は目隠しをして、ソロモンに手を引かれて階段を降りた。
いくらソロモンに手を引かれているといっても、やはり、何も見えない状態で階段を降りることには多少不安があって、空いている手を手すりにやりながら、恐る恐るゆっくりと階段を降りた。それが可笑しかったのか、怖いんですか?と奴がくすくすと笑う声が聞こえて、「怖くなどない」と、意地になって早く降りようとして、一度階段を踏み外した。ぐらりと体が前のめりになった瞬間、片手は手すりを離れていて、落ちる、と思った時、すぐに奴が私の体を支えた。
「大丈夫ですか?」
と訊いてくる奴に、
「別にここから目隠しをする必要はないんじゃないか?」
私は質問を返した。
「…………」
ソロモンは何も答えなかった。
* * *
そして、今に至る。
車のドアを閉める音。それからソロモンが乗り込む音がしてから、
「では、行きますよ…絶対に目隠しをとらないでくださいね」
車が動き始めた。
「どこに行くんだ?」
「それを言ってしまったら、つまらないですよ…着くまでの秘密です」
「お前の家?」
「ハズレ」
ソロモンは楽しそうに言った。
「…どれくらいかかる?」
「そうですね…10分ぐらいでしょうか」
そうか、と私は小さく言った。車で10分…どこだ?
ぼんやりと考えていると、
「…何してる」
太腿のあたりに生暖かい感触を覚えた。
「右手が暇をもてあましているんです」
「…ハンドルは両手で握れ!」
私が怒鳴ると、
「右手が勝手に動くので、僕にはどうしようもないんです。…彼の自由にさせてあげたいので。カールのことが好きらしいですよ」
全く悪びれていない口調でソロモンが言った。
どうやらこの車には、私とソロモン以外に第三者が乗っているらしい。
「…外すぞ、これを」
私が目隠しに触れると、
「駄目ですよ」
ソロモンは太腿にやっていた手を引っ込めた。
「お前の意志とは無関係なんじゃなかったのか?」
「『彼』もあなたに目隠しを外して欲しくないらしいです…今は、ハンドルを握っていたいそうですよ」
本当に目隠しを外そうかとも考えたが、それはやめておいた。
「しかし、よく了承してくれましたね…もっと嫌がるかと思っていたんですよ。目隠し」
「あまり好んでしていたいものではないがな…。まぁ、お前を信じているから」
別に危険な場所に連れて行こうというわけではないだろう。そんな風に思って言うと、ソロモンから全く反応が返ってこなかった。
「ソロモン?」
「あなたという人は・・・」
「?」
「鋭いのか鈍いのか、謎ですよ…」
「謎めいた男なんだ」
「なるほど。さすがは怪人<ファントム>マニアですね」
私の頭の中で、誰かが「ふふん」と笑った。
「ところで、『驚かせたい』と言っていたな?何を企んでるのかは知らないが。…驚かせてみろ」
「随分とプレッシャーかけてくれますね」
「目隠しまでしたんだ。それ相応のものを期待している」
ソロモンが、ふふっ、と笑う声が聞こえた。
* * *
10分後、ソロモンの手をとって車を降り、導かれるままに歩いた。目隠しに使われている布の遮光性が高いのか、外の光の変化は全くわからない。
先程「いらっしゃいませ」と聞こえたし、靴の下から絨毯のような感触がしたから、今はおそらく屋内だろう。
「カール。ここで座って待っていてください」
手で椅子の位置を確認しながら、私はゆっくりと座った。
「すぐ戻ってきますから」
ソロモンは私の手を離した。
遠くから、小さくピアノの音がする。聞いたことない曲だ。穏やかで優しげなのに、どこか寂しげな曲だった。
私は耳をすませた。
なんとなく気配でわかっていたが、人が周りにいることは確かだ。大勢とはいかないまでも、決して少なくはないと思う。聞こえてくる言葉は流暢なフランス語ばかりだ。ここは高級ホテルか何かだろうか?いくつか、フランス系の高級ホテルが建てられたという話は聞いていたが、そのうちの一つなのかもしれない。
ホテルだとすれば、今、私がいる場所はロビーだろう。
フランス人ばかりいる中に、私が一人目隠しをして座っている所を想像して、私は思わず身を縮めた。
早く奴に戻ってきて欲しいと思った時、図ったかのように、
「お待たせしました。行きましょう…もう少し、我慢してくださいね」
奴が私の手をとった。
言われた通り、目隠しをつけたまま、歩く。
「ホテルだろう?ここは」
「ええ」
「驚かないぞ」
「驚きますよ」
ソロモンは余裕たっぷりといった感じで言った。
数回立ち止まり、しばらく歩いてから、
「さぁ、カール」
ソロモンは私の手を離してから、
「ここです…。目隠し、外しますよ」
私の目隠しを外した。
眩しいかもしれないと思って、ゆっくりと目を開けたが、予想とは逆に、柔らかく落ち着いた光がその場所をふわりと照らしていた。
目の前に広がる光景に、
「スウィート…ルーム…?」
私はそう呟くのがやっとだった。広い部屋だ。とにかく広い。
リビングだけで私の部屋が五つは入るかもしれない。意匠を凝らしたクローゼット、壁にかかる数枚の絵画、大きなソファー、花の置かれた低い長方形のテーブル、万年筆が吸うほう置かれた上品な色をした仕事机がある。部屋の中央にある丸テーブルの上にはオルゴールと、菓子が盛られたガラス皿が置いてあり、すぐ側に、それを囲むように白いソファーが置かれていた。
「カール、もっと驚きますよ」
呆然と立ち尽くしていると、ソロモンは私の手を引いて、べッドルームへのドアをくぐった。
「………」
横の長さが私の身長ほどありそうな巨大なベッドがあった。柔らかそうな枕が二つ並んでいる。
「これなら、どんなに激しく動いても大丈夫でしょう?」
やたらと嬉しそうに言うソロモンに、
「………お前は私の体をどうする気なんだ?」
私は牽制するように言いながら、部屋を見回した。まるでどこかの劇場をそのままミニチュア化したような形の薄いベージュのカーテンが窓を飾り、その手前にある透明な丸テーブルに果物が乗っている。そこで眠っても十分気持ちよそうな白いソファーの横には、黒光りするツボに、背の高い植物が植えられていた。ベッドの隣には、細長い鏡が立てかけられていて、その下には、赤いガラス製の巨大な器に、抱えられる程の薔薇が活けてある。
「ここに、泊まるのか…?」
まだ呆然とした状態から逃れられない中、私は訊いた。
「はい。「勉強お疲れ様」パーティーといったところです」
「………」
「本当は旅行にでも行ければ一番よかったのですが…、カールは大学を休まないでしょう?」
私は薔薇が活けてある器の前で屈んだ。
あまりにその赤い薔薇達が作りめいた美しさで咲き誇っていたから、造花なのかと思って匂いを嗅いでみたら、本物だった。
私はソロモンの方に向き直って、訊いた。
「いくら、かかった?」
ソロモンはその問いには答えないで、にこにこと微笑むだけだった。
「今日は楽しみましょう、カール」
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