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他人にとってどうでもいいモノでも、
それを失って泣くことができる者がいる。
呆れ返られようが、指をさして笑われようが、理解されまいが。
それが、自分の「大切なモノ」である限り。

そうやって泣ける君を、可愛いと…いえ、愛しいと思ってはいけませんか。

ねぇ、カール。

僕が…、



埋葬



英国某所。冬の厳しい寒さで知られるこの地域に、上流階級の屋敷が連なる一画があった。数日前にふった雪が所々に残り、ただでさえ寒い冬の夜の空気をさらに厳しくしている。そんな中に、他の屋敷より一まわりも二まわりも大きな屋敷があった。小さな家ならいくつでもおけそうな広い庭と、庶民が見ればホテルと間違えそうなほど豪華な屋敷だった。

そんな屋敷の一室でソロモンは、
パンフレットやディスクが散乱したベッドの上で寝っ転がっている部屋の主――ネイサンと話していた。

「『傷ついた心を埋めに行く。だから一人にしてくれ――』って珍しく落ち込んで言ってたわよ。あの子」
末弟に『あの子』などと言われているのを聞いたら当人――カールはどう反応するだろうか、と内心苦笑しながら、
「『傷ついた心を埋めに行く……』?」
と、ソロモンは呟くように繰り返す。
「そ。シャベルと箱持ってね」

―――傷ついた心を埋めにシャベルと箱を持ってどこかに行った。
心の中でそう繰り返すが、カールが何をしようとしているのか、ソロモンは見当がつかなかった。

「ところで」
ネイサンが数冊のパンフレット軽くまとめながら、聞く。
「アンシェルとカール、何かあったの?カールの名前だしたら、アンシェルが怖~い顔してたけど」
ネイサンの、『アンシェルの怖~い顔』の真似に、ソロモンは笑いながら、
「ああ、それは大したことじゃないんです…ちょっとカールが」
答えようとして、そこで何かに気づいたように言葉を中断する。
「…どしたの?」
「『傷ついた心』の意味が…なんとなくわかりました」

*   *   *


ネイサンとソロモンが話していた日の三日前。
この日はネイサンとジェイムズは屋敷を留守にしており(というよりアンシェル以外がいること方が珍しいのだが)、屋敷にいたのはカール、アンシェル、ソロモンの三人だった。
太陽が沈むのが早く、時計の短針がそろそろ「5」をさそうとしている時間、西の空の低いところは赤く染まり、高いところでは群青色が広がっていた。
そんな空を、ソロモンは自室の窓から眺めていた。手元には、お洒落な食器に乗せられたケーキと紅茶。
カールを誘おうと思ったのだが見つからず、頭に呼びかけても見たものの、全く反応がないので諦め、一人で食べることにしたのだ。
ちなみに長兄は「誰も入るな」と朝宣言してから自室に篭りきりだったので、ソロモンは声をかけなかった。
「館にいることはたしかなんですけどねぇ…」
 カール、何処にいるんでしょうね。
 そう一人で呟くと、ソロモンは紅茶のカップに口をあてた。
 その時だった。
 窓の外を、何か黒い塊が落下していった。
 その塊と、視線が会う。
 黒い塊は、どこか絶望したような顔でソロモンを見つめ、そして下へと落ちていった。
 一瞬だけそれに動きを止めたものの、ソロモンは大して驚かずに紅茶を飲み下した。
 カップをテーブルに置いたと同時に、下の方から、重いものが叩きつけられた鈍い音と、「ぐああ」という痛そうな(聞き覚えのある)声が聞こえてきた。
 ソロモンは窓から下を見ることもなく、フォークでケーキをゆっくりと切り始めた。

 長兄の怒号が館中に響いたのはその時だった。


 十数分後。
「これはまた大変ですねぇ…」
 ケーキを食べ終えたあと、ソロモンは庭に降り、まるきっり他人事の口調で言った。十数分の間に、庭には完全に夜の帳がおりている。
 ソロモンの足元では、見事に滅茶苦茶になった花壇を、カールがなにやら文句を言いながらも片付けていた。
 カールにしては珍しく、黒髪をポニーテールにして、今は作業服を着ていた。
 十数分前の長兄の怒号は、ソロモンの部屋まで十分聞こえており、何が起こったかソロモンはほとんど知っていた。
 ファントムの衣装を着て、屋根の上でポーズの練習をしていたカールが、足を滑らせてアンシェルの大事にしていた花壇のど真ん中に落ちたのだ。
「手伝いましょうか?」
「いい」
 
  ポニーテール珍しいけど似合いますね、
  ああ、そういえば昔カールは庭いじり好きでしたね
  次は何植えるんですか
  兄さんの好きな花は知ってますよね
  そうそう、落ちた時痛かったでしょう
 
 一人で喋っているソロモンを尻目に、カールは黙々と作業を続ける。
「まあ、仕方ないですよ、兄さんがあれだけ怒るのも。本当に大事にしていたみたいですし」
 相変わらず無反応なカールの横に、ソロモンもしゃがみこむ。
「そういえば…衣装駄目になったんじゃないですか?せっかく時間かけて作っていたのに」
 黙々と作業を続けていたカールの手がぴくり、と止まる。
「カール?」
「なんでもない」
「…ですが」
「なんでもないと言っている!」
 そう怒鳴ってすぐカールは俯いてしまったが、その瞳が潤んでいたのをソロモンは見逃さなかった。

   *   *   *

 ネイサンと話終えた後、ソロモンは自室に戻り、コートとマフラーをとると、屋敷の裏庭へとでた。吐く息が白い。
 また雪が降るかもしれない、と思わせるほど空は厚い雲におおわれていた。広大な裏庭で、月明かりの助けも得られず、しかもカールが気配を消していれば、見つけるのに時間がかかるかもしれないと思われたが、案外カールは簡単に見つかった。
 裏庭の隅の地面で、暖かい光を放つランプが置いてあり、その横にカールがいたからだ。
「……こんなところにいたんですね」
 そう言うソロモンの足元では、ダークブラウンのロングコートの裾が地面につくのにも構わず、カールがシャベルで土を掘り返していた。
 柔らかいランプの明かりがカールの顔を照らすが、今は結っていない黒髪がその表情を隠す。
 カールの横には、蓋の開いた小さな箱が置いてあった。
 中には、屋根から落ちた時に壊れたのであろう、修復不能なほどバラバラに砕けた『ファントム』の仮面が入っていた。
 箱にふれ、カールに目配せしたが、特にカールから拒否するような反応は戻ってこなかったので、それを手にとってみる。この木箱もカールの手作りだろうとソロモンは予想した。

 仮面を埋めるためにわざわざ作ったのだろうか。
 ソロモンは仮面の欠片の一つに手をふれた。
冷たいはずのそれの内側から、なにか熱いものを感じたのは、気のせいだろうか。
「一から作った。同じものをいくつか作ってはあるが…、その仮面は最初に出来たものだ」
 作業する手を止めず、下を向いたまま、カールは言った。
 知ってますよ。とは言わず、ソロモンは黙って聞く。
 仕事の合間に舞台の小道具の本などを熱心に読みながら、カールがデザインの案を何枚も書いていたことも知っているし、材料のことで業者となにやら交渉していたことも知っている。
 それから何回も失敗を繰り返した後、ついにできたその一品に子どものように喜んでいたことも。
 この仮面は、その時のものだったのだろう。
 だから、先程から時折、地面に水滴がぽつりぽつりとカールから落ちても、『何もそんなことで……』とはソロモンは思わなかった。
 ……他の者にとって見ればただのガラクタでも、カールにとってこれは紛れもなく亡骸なのだから。
 カールが何も言わずに手を差し出したので、ソロモンは木箱をカールに渡した。カールは蓋を途中まで閉め、その隙間から名残惜しそうに、「亡骸」を見つめる。
 今、カールの頭にどんな思い出が巡っているのだろうか、と思いながら、ソロモンは何も言わずに、静かにカールを見守っていた。
 カールは何かを振り切るように首を振ると、箱の蓋を閉め、先程掘った穴の中に置いた。
 埋め終わるまで、二人は無言だった。

 気づけば、いつの間にか雪が降り始めていた。
 これはまた積もるな、とソロモンはぼんやりと考える。
 埋め終わり、土をぽんぽんと固め終わった時、カールの肩がかすかに震えていた。
 そっと、ソロモンがカールを横から抱きしめる。
 普段こんなことをしようものなら、本気で振り解こうともがくカールだが、今はソロモンの腕にそっと触れるだけだった。

……どうしてこんなに愛しいのだろう。
 腕の中で体を震わせている弟が愛しくてしょうがない。
「…あの時」
 カールが声を震わせながら呟くように言う。
「すぐに反応できていれば、普通に着地することもできたはずだ…」
 ソロモンは答えず、代わりにカールの髪を梳く。
 今カールに必要なのは、返事ではないことを知っていたから。

 どうしようもないことで心から喜んで。
 どうしようもないことで本気で怒って。
 どうしようもないことで心から笑って。
 …そして、どうしようもないことで、心から泣いて。
「…しょうがない人ですね、本当に」
 本当にしょうがない。
 しかしカールに「しょうがない人ですね」と言葉をかけるたび、自分の心に広がるのが暖かいものであることも、ソロモンは知っていた。
「…しょうがない人ですね…」
 再び呟く。
 一度目のそれより、自嘲気味なため息が混じっていたことに、カールは気づいただろうか。
 ソロモン以上にカールを知っている者は、おそらくこの世にいない。
 それでも、ソロモンがカールの求める対象になったことはなかった。
 …と、いうのが『ソロモンの考え』だ。
 いつも全力で突っ走って、
 自分が今どうなっているかも省みずに、ただひらすた求める。
 欲しいモノを得るためならなんでも差し出すのだろう。カールは。
その差し出されるものの中には、きっとソロモンも入っている。

 そんなことを考え、ソロモンはカールの髪を梳きながら、天を仰いだ。
月はまだ、雲の向こうに隠れていた。


 他人にとってどうでもいいモノでも、
 それを失って泣くことができる者がいる。
 呆れ返られようが、指をさして笑われようが、理解されまいが。
 それが、自分の「大切なモノ」である限り。

 そうやって泣ける君を、可愛いと…いえ、愛しいと思ってはいけませんか。

 ねぇ、カール。
 僕が、あなたの「大切なモノ」になる日は来ますか?

 ……来ませんか?
 それとも、もう………………、

 ソロモンは気づいていなかった。

 ソロモンが空を見上げていた時、カールがソロモンの腕の中で、心から安心したように体を預けていたことに。



 
END




しょうがないのは、多分、お互い様。
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2006/04/04
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